もうすぐ神奈川県相模原市にあった県立の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」に、同施設の元職員が侵入して19人を刺殺し、27人に重軽傷を負わせた事件から2年が経とうとしています。
事件の直後、元職員は「奴をやりました」と最寄りの津久井警察署に出頭し、逮捕後は、「障害者なんていなくなればいい」などの主張を繰り返していました。
また、その後の調べによって、元職員が犯行前の2月に衆議院議長公邸を訪れ、「障害者は不幸をつくることしかできない。世界経済の活性化のためにも抹殺すべき」として具体的な犯行方法を記した手紙を渡してたり、同僚に「重度障害者安楽死させる」と話したことから退職に追い込まれ、10日ほどの措置入院になったことなども明らかになりました。
これらが報じられると、「おそるべき優生思想」「命を差別している」といった批判や「精神障害者はやはり危ない」といった声があちこちから上がった一方、元職員に同調するような意見もインターネットの書き込みを中心に拡散し、社会問題となったことはみなさんもよく覚えておられるのではないでしょうか。

厳罰化の一途をたどっている少年法。こうした流れをつくったのは、2006年に山口県光市で起きた母子殺害事件でした。
確かに10年くらい前から日本はとても多くの自然災害に見舞われています。以前なら「震度4」と聞けば「かなり強い地震」という印象を持ちましたが、最近では「震度5」のニュースを聞いても驚かなくなってしまいました。
「『自分は自分でいい』、『他と違ってもいい』という当たり前のことを日本の学校教育の中で一度も聞いたことがない」と語ったこの難民二世の女の子は、どうしたら日本で育つ子どもたちが「他を認め受け入れる」ことができるようになり、差別の無い社会、外国人の子どもが胸を痛めたりすることが無い日本をつくっていけるかということについても、国連の委員の方々の前で、次のようにはっきりと述べています。