法律 もうすぐ神奈川県相模原市にあった県立の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」に、同施設の元職員が侵入して19人を刺殺し、27人に重軽傷を負わせた事件から2年が経とうとしています。

 事件の直後、元職員は「奴をやりました」と最寄りの津久井警察署に出頭し、逮捕後は、「障害者なんていなくなればいい」などの主張を繰り返していました。

 また、その後の調べによって、元職員が犯行前の2月に衆議院議長公邸を訪れ、「障害者は不幸をつくることしかできない。世界経済の活性化のためにも抹殺すべき」として具体的な犯行方法を記した手紙を渡してたり、同僚に「重度障害者安楽死させる」と話したことから退職に追い込まれ、10日ほどの措置入院になったことなども明らかになりました。

 これらが報じられると、「おそるべき優生思想」「命を差別している」といった批判や「精神障害者はやはり危ない」といった声があちこちから上がった一方、元職員に同調するような意見もインターネットの書き込みを中心に拡散し、社会問題となったことはみなさんもよく覚えておられるのではないでしょうか。

少年院 厳罰化の一途をたどっている少年法。こうした流れをつくったのは、2006年に山口県光市で起きた母子殺害事件でした。
 最高裁は、この犯行当時18歳の少年が起こした事件に対し、1審と2審での無期懲役判決を破棄し死刑判決を言い渡しました。

 その後、2009年に当時14歳だった少年が、殺害した小学生男児の首を校門に起き、「酒鬼薔薇聖斗の名で犯行声明文を書くなどした神戸連続児童殺傷事件が起きました。
 それをきっかけに2012年の少年法改正では「16歳以上」だった刑事罰の適用年齢が「14歳以上」に引き下げられ、16歳以上の少年が故意に殺害した場合には、原則、刑事裁判にかける(逆送)ことになりました。

 そして、2016年の佐世保小学生殺傷事件後の2019年の改正では少年院送致の下限年齢が「14歳以上」から「概ね12歳以上」になったのです。

 このような裁判員制度がはじまれば、少年法が厳罰化されていくことは、火を見るよりも明らかでした。
 そして今、それは、まさに現実のものとなりました。

 2016年6月、裁判員制度で初めて、犯行当時18歳だった元少年に死刑判決が確定したのです。

 裁判員制度の導入に向かっていた当時、司法に関わる者の研修に関しても気になる話を耳にしました。

 取材を受けてくれた調査官は「非行につながる環境要因等は簡略化し、『刑事処分相当』との意見を『要にして簡潔に』記すよう求められた」と研修について語りました。

 また、調査官や裁判官・検察官・弁護士の研修を行う最高裁判所司法研修所は「これまで重視されてきた成育歴や素質などの調査記録を証拠とせず、主に法廷での少年の供述内容で判断した方が望ましい」との研究結果をまとめていました。

「市民感覚」を持ち込んだ裁判員制度が始まることでいちばん気になったのは、この10年間、少年による犯罪は激減しているにもかかわらず、「市民感覚」によって厳罰化が続いている少年法への影響でした。

 18・19歳の犯罪も増えてはいません。このように少年による犯罪が減っている理由のひとつとして挙げられるのが「要保護性」を重視した少年法の理念によって、再犯が減っているということです。

 国の根幹であり、「どんな国をつくっていくべきか」という理想と覚悟を示した憲法を「現実に合わせて変えていこう」という考え同様、私が不思議に感じているのは「市民感覚を司法に持ち込む」という考え方です。
 
 その考えを知ったのは、一般市民も裁判員として刑事裁判に参加し、被告が有罪かどうか、有罪だとしたらどのような刑に値するのかどうかを裁判官と一緒に決める裁判員制度が始まるときでした(2009年)。

「憲法9条は守りたいけど人命救助や災害復旧のためには自衛隊が必要」という「憲法と自衛隊」をめぐる調査を目にするたびに、いつも思うのです。

「どうして人命救助や災害復旧をするために自衛隊が必要なのか?」と。

人命救助のための部隊は必要だけど

自衛隊 確かに10年くらい前から日本はとても多くの自然災害に見舞われています。以前なら「震度4」と聞けば「かなり強い地震」という印象を持ちましたが、最近では「震度5」のニュースを聞いても驚かなくなってしまいました。

 あちこちで火山が噴火し、地震の規模は大きくなり、津波や原発への不安も続いています。
 ゲリラ豪雨という言葉が普通になり、長雨や集中豪雨による土砂災害や川の急な増水などでもたくさんの人が犠牲になっています。

 そんな災害が起こるたびに自衛隊が駆けつけ、多くの命を救ってきたことをもちろん私も知っています。人々を救う姿を見ては「こういうプロフェッショナルはやっぱり必要だな」と、いつも強く実感します。

法律 労働者の祭典であるメーデー(5月1日)や憲法記念日(5月3日)などがあったつい先日のゴールデンウィーク期間、個人的な都合で奇しくもさまざまな法律を学び直す機会がありました。

 すっかり記憶の彼方に飛んでいた労働三法をはじめ、うろおぼえだった精神保健福祉法や最近とんと目にしなくなっていた少年法や2006年に「改正」された教育基本法などなどを改めて学び、いろいろと考えさせられることがありました。

 子どもをめぐる取材を主な仕事にしていた頃は、少年法や教育基本法はとてもなじみの法律でした。取材の現場で目にすることと法律の関係を常に考えざるを得ない状況にいたのですが、最近はそんな機会も無縁でした。
 
 お恥ずかしい話ですが、日頃、臨床の場でお目にかかるクライアントさんたちの置かれた状況が法律とどんな関係にあるのか、法律が変わったり運用が変わったことでどんな影響を受けているのかなどと考えることも、とんと無くなっていました。

チューリップ「『自分は自分でいい』、『他と違ってもいい』という当たり前のことを日本の学校教育の中で一度も聞いたことがない」と語ったこの難民二世の女の子は、どうしたら日本で育つ子どもたちが「他を認め受け入れる」ことができるようになり、差別の無い社会、外国人の子どもが胸を痛めたりすることが無い日本をつくっていけるかということについても、国連の委員の方々の前で、次のようにはっきりと述べています。

「親や先生など身近なおとなたちが子どもの言葉や気持ちを聞き入れて、それをそのままで肯定することで、子どもは『自分は愛されている』『自分は大切な存在だ』と知ります。このような自己肯定が持てるようになってはじめて、自分とは違う他の人のことも肯定することができます。
 日本の子どもたちが家庭でも、学校でも、社会でも、今よりももっと愛されれば、子どもの『他を認め受け入れる』心が養われるはずです」

 昨年末、このブログで国際的な「子どもの成長・発達のための約束ごと」である子どもの権利条約にもとづいた日本政府報告審査に向け、「自分たちの現状を訴えよう」と8人の子どもが国連「子どもの権利委員会」に『子ども報告書』を提出したということを書きました。

 そのときに引用した「多様性を認めない学校には行きたくない」とのタイトルの『子ども報告書』を書いた男の子は、「扱いづらかったり、自分の意見を持って発言したり、授業がつまらないから勉強に身が入らないでいたりすると、すぐに『発達障害』にされる」と、昨今の学校現場の風潮を述べていましたが、異質なものを排除しようという傾向は今にはじまったものではありません。

 日本の学校教育では、昔からずーっと差別というものが、歴然と存在し続けてきました。