「愛」という名のやさしい暴力

 扶桑社より、『「愛」という名のやさしい暴力』が出版されました。『すべての罪悪感は無用です』に続く、精神科医・斎藤学先生の名言集&その解説の第二弾です。

『罪悪感は無用です』が、機能不全家族で育った人が楽に生きられるようになるための指南本のような要素が強かったのに対し、『「愛」という名のやさしい暴力』は主に共依存を中心とする「家族の『「愛」という名のやさしい暴力』問題」、「女らしさ」や「男らしさ」などの「らしさの病」に関する名言が多くなっています。

不況

 閉塞した社会、お互いの様子をうかがいあう監視社会では、人は不満やねたみをため込みやすくなります。経済不安が加われば、その状況は加速します。

 アベノミクスの失敗、コロナの影響で雇用を喪失する人が急増しました。2020年に旧廃業や解散に追い込まれる企業は全国で5万件を超える可能性があり、10数万人の雇用が失われるおそれがあるそうです(『東京新聞』2020年7月26日)。

 そんな社会で人々は、常にスケープゴートを必要とします。SNSが発達した昨今、対象さえ見つかれば鬱憤をぶつける攻撃は容易です。自分は安全な場所にいて、匿名のまま、対象を死に追い込むまで攻撃しても、だれからも責められません。

 フジテレビ『テラスハウス』の元出演者で、SNS上での誹謗中傷を苦に自殺した木村花さんを思い出していただければすぐにわかるでしょう。

防犯カメラ「子どもが危ない」というかけ声の下、街のあちこちに監視カメラも設置されました。

 いつの間にかそれは「子どもが被害に遭うのを防ぐ」という意味合いよりも、「子どもが非行に走るのを防ぐ」という目的の方が強くなっていったような気がします。
 平たく言えば、「問題行動を起こしたり、社会の在り方に反抗する子どもをいち早く選別し、排除ないし矯正する」ということです。

 街の「安全マップ」がつくられることで、地域に「危険な場所」が生まれました。不審者情報を流すことで、「他の人と違う」人が目に付くようになり、高い塀に囲まれた風通しの悪い家の中では、何が起こっているのか分かりにくくなりました。

 瞬く間に、異質な者の排除や、みなに同調できない者への糾弾が加速し、セキュリティ関連企業が大もうけする監視社会ができあがりました。

通学

「実態と離れた不安」について考えていて、2006年に政府が発表した「子どもの防犯に関する特別世論調査」を思い出しました。

 この世論調査では、「子どもの犯罪被害の不安」が「ある」との回答はなんと74%! ものすごく高回答です。ところがその理由というのが、明らかな印象論でした。「テレビや新聞で、子どもが巻き込まれる事件が繰り返し報道されるから」が85.9%だったのです。

COVID-19報道

 ニュースを見ても、ワイドショーを見ても、インターネットを見ても、話題はコロナ、コロナ、コロナ・・・。

 それ以外にもたくさん大事なニュースはあるのに、うっかりすると見過ごしてしまうほど小さくしか報道されません。

 個人的にもっと知りたかった事件のひとつが京都アニメーション放火殺人事件です。ちょうど去年の7月に事件があったので、コロナがなければ今年7月にはその後の状況や被疑者の人となりなどが大きく報道されていたのではないでしょうか。

 同様のことが2017年7月に起きた相模原障害者施設殺傷事件についても言えます。気をつけて見ていないと、報道されたかどうか見落としてしまうほどでした。ご遺族の方が「忘れないで欲しい」と、事件の風化を訴えておられました。

子ども

 学校が再開しても、子どもたちを待っていたのは「新しい生活様式」を取り入れた日常とは違う学校生活でした。

「分散登校・分散クラスで、前後左右にはだれも人がいないし、話しをするのもはばかれる雰囲気」
「マスクを取っていいのは体育のときだけ」
「先生(教卓)との距離をうんと離して授業している」

 ・・・そんな話を聞きました。

 

品薄

 それでなくとも、自粛や非常事態宣言で人々は疲弊しています。

 春のマスクの買い占めに始まり、トイレットペーパーやソープ類など衛生用品が不足しました。スーパーには連日、人が殺到し、お米などいつもはあふれかえっていた食料品まで一時品薄状態となりました。

 安倍首相が要請した「一斉休校」は、保育園や学習塾まで巻き込んで前代未聞の事態を招きました。子どもを預ける場所を無くした親は右往左往。受験を意識する年代の子どもと親は、不安にかられました。

 非常事態宣言による大型店舗の休業や商店街の自粛営業なども重なって、街のなかは閑散とし、夜は明かりも無く静まりかえっていました。

緊急事態宣言

 本来、国がすべき努力を怠っておきながら、「緊急事態宣言」でお茶を濁し、国民に自粛と我慢を強いる。さらにこれからは、国民に「新しい生活様式」で過ごすよう迫ります。

「ソーシャルディスタンスを取る」「人との接触、会話を減らす」「人と接近する場合は、マスクを着用する」・・・。

 どれもこれも、関係性の中でしか生きられない、濃厚・濃密な接触がなければ心身の健康を保つことができない哺乳類に属する人間存在の根幹を揺さぶるような生活様式に聞こえます。

持続化給付金

 非常事態宣言を出すのであれば、それによって必ず起こる国民の不安や経済困窮に対応するための生活支援、経済支援は必須だったはずです。

 支援については「少なすぎる」「遅すぎる」「申請に手間がかかりすぎる」「申請方法が分かりにくい」と酷評が続き、窓口の混乱も続いています。国民から見て「いったいどれが自分に使える支援なのかも分からない」との声も聞こえます。

不備が出にくい申請書が必要だった

 安倍首相は、持続化給付金の支給が遅れている理由について、「(国民が作成する書類に)不備が多い」と、堂々と国会答弁しました。が、緊急事態対策と言うのなら、だれもが簡単に理解でき、手間が少なく、分かりやすい、不備が出にくい申請書を用意すべきだったのではないでしょうか。

 持続化給付金については、「中堅・中小企業、小規模事業者、フリーランスを含む個人事業主に対して、事業継続を支え、再帰の糧としていただく」(政府)ためにつくったはずなのに、事業を受託した一般社団法人サービスデザイン推進協議会が、業務の大半を電通に再委託していたことがわかり、「トンネル団体をつくって電通やその子会社パソナなどが大企業が利益を分け合う実態がある」との批判もあります。

 国民一人あたり10万円の特別定額給付金も、多くの人が手にできるのは7月から8月になりそうです。

何のための非常時代宣言?

東京アラート

 そうしたなか、国は首都圏も含む非常事態宣言を5月25日に解除しました。また、東京都は、5月15日に策定した「東京アラート」をわずか一月足らず(6月12日)で終了させました。

 北九州では第二波を警戒する声が聞かれ、「東京アラート」の基準のひとつ1日あたり20人を越える新しい感染者が見つかっていても、もう警戒する非常事態ではないようです。

 いったい何のための非常事態宣言、何のための「東京アラート」だったのか。公務員を休ませ、PCR検査を滞らせ、「自粛」の名の下に経済活動を停滞させたあの騒ぎは一体何だったのでしょう。結局は、いたずらに不安を煽り、自営業や中小企業など、もともと苦しい生活を強いられていた人々を疲弊させただけです。

 あまりにも謎すぎて、きちんと検査をしたら感染者が次々と発見されてしまい、東京五輪はますます遠のくから? それとも、アベノミクスの失敗を「コロナで経済活動ができなかったから」と見せかけたったから? などと、うがった見方もしたくなります。

緊急事態宣言

 緊急事態宣言が解除された今も、妙な「自粛」の空気が漂っています。

 まるで仕事をするのも、人と会うのも、食事に行くのも「これ、やってもいいんですよね?」と、見えないだれかにおうかがいを立てているような雰囲気です。

 緊急事態宣言中に耳にした最も嫌な言葉は「自粛警察」でした。この機に乗じて他者に自粛を強要する人々のことです。政府が、一定の基準で休業要請を行い、「不要不急の外出を控えろ」と繰り返すなかで、まるで正義の味方のように登場しました。

 そして休業要請に従いながら開店している飲食店等に対して、嫌がらせを越えた脅し行為を行い、「警察を呼ぶぞ!」などと恫喝する・・・びっくりするような監視社会が、またたくまにできあがりました。