松の内も過ぎた今頃になってのご挨拶で恐縮なのですが、新年明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

世の中は、「景気回復」、久々の「賃金引き上げ」と騒いでいますが、今年はいったいどんな年になるのでしょうか。

消費税アップ、社会保障費の負担増、進まない被災者の生活再建など、多くの課題があるなかで、少しだけでも明るいニュースも拾って行ける年になればと願っています。

日本の子どもの幸福度は6位

ところで、昨年末12月25日、国連児童基金(ユニセフ)と国立社会保障・人口問題研究所は『イノチェンティ レポートカード11 先進国における子どもの幸福度―日本との比較 特別編集版』を公表しました(ユニセフ)。

教育や住環境、健康面など5項目の現状を「幸福度」として算出したこの報告書では、先進31カ国中、日本の子どもの幸福度は6位でした。

5項目のうち、日本がトップになった分野は「日常生活上のリスク」の低さと「教育」でした。一方、国内での経済格差の度合いなどを示す「物質的豊かさ」が21位と低くなっていました。

『日本経済新聞』(12月25日)は、「『教育』」は経済協力開発機構(OECD)が実施した『「学習到達度調査』(PISA)の好成績が評価され、『日常生活上のリスク』は肥満の割合や10代女子の出生率、飲酒の割合が小さい点がトップに結びついた」と報じています。(子供の幸福度、日本6位 ユニセフが先進31カ国調査

PISA自体への疑問

この結果を、みなさんはどうごらんになりますか?

私としては、経済格差がそのまま教育格差につながっている現実があるにもかかわらず、「教育」の項目が高くなるような算出方法はもちろんのこと、そもそも情報処理能力の高さが点数に直結するようなPISAの問題自体に疑問を感じざるを得ないというのが心情です。

PISAが、人間として幸せに生きられるような力をはかるものになっているのかどうか。もっと多角的な分析が必要ではないかと感じるのですが、その疑問はちょっと横に置いておきましょう。(続く…

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このユニセフ調査をはじめ、『絶望の国の幸福な若者たち』(古市憲寿著・講談社)という本など、「実は日本の子ども・若者の幸福度はけっこう高いのではないか」と思うような調査や主張をたびたび目にします。

実際には、昨年末のブログ「搾取される子どもたち」で書いたような状況があるのに、日本の子どもや若者は、本当に「自分たちは幸福だ」と思っているのでしょうか。

それとも、生き延びるために、格差や矛盾がいっぱいの世の中を否認しているのでしょうか。それともまったく、不満や不平、辛さを感じないということなのでしょうか。

「さとり世代」は「ゆとり世代」

そんなことを考えていたとき、たまたま流れていたラジオから「さとり世代」という言葉が聞こえてきました。

自宅に戻って調べてみたところ、「堅実で高望みをしない、現代の若者気質を表す」言葉だと分かりました。

その層は、2002~2010年度の学習指導要領に基づく「ゆとり教育」を受けた、いわゆる「ゆとり世代」と重なるそうで、インターネットの掲示板「2ちゃんねる」から生まれて広まったということでした。

さとり世代はなぜ生まれた?

『知恵蔵2013』の解説(さとり世代)には、その特徴がこう書かれています。

「『車やブランド品に興味がない』『欲がなく、ほどほどで満足する』『恋愛に淡泊』『海外旅行に関心が薄く、休日を自宅やその周辺で過ごすことを好む』『節約志向で無駄遣いはしないが、趣味にはお金を惜しまない』『様々な局面に合わせて友達を選び、気の合わない人とは付き合わない』」

そして、「なぜそうなったのか」を次のように分析しています。

「高度成長期後のモノが十分に行き渡っていた時代に生まれ、物心ついたときにはバブルが崩壊し、不況しか知らない。一方で、情報通信技術の進歩と共に、当たり前のようにインターネットに触れてきた。このように成熟した時代に多くのネット情報に触れる中で、彼らは現実的な将来を見通して悟ったようになり、無駄な努力や衝突を避け、過度に期待したり夢を持ったりせず、浪費をしないで合理的に行動するようになった」

そのほか、いくつかのサイトも調べてみましたが、ほぼ同様のことが書かれていました。(続く…

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世の流れに棹さしがちな私などは、そもそも『知恵蔵2013』の解説が指摘するように「高度成長期後のモノが十分に行き渡っていた時代に生まれ、物心ついたときにはバブルが崩壊し、不況しか知らない。一方で、情報通信技術の進歩と共に、当たり前のようにインターネットに触れてきた」時代を「成熟した時代」と呼ぶことにもひっかかってしまいます。

ちょっと脱線になりますが、現在を「成熟時代」と呼び、日本など先進諸国を「成熟社会」と呼ぶ人がいますが、いったい何をもって「成熟している」と考えるのでしょうか。

「成熟社会」とは?

このような「成熟」という言い回しが一般的になったのは、イギリスの物理学者ガボールが『成熟社会 新しい文明の選択』という本を著した1979年代はじめと言われています。

この著書でガボールは、「量的拡大のみを追求する経済成長が終息に向かう中で、精神的豊かさや生活の質の向上を重視する、平和で自由な社会」を「成熟社会」と位置づけています(weblio)。

では、果たして現代社会はどうでしょうか?
精神的豊かさや生活の質の向上を重視する、平和で自由な社会になっているでしょうか?

少なくとも、私の答えは「否」です。

「さとり」からの連想

閑話休題。
「さとり」に話を戻しましょう。

私が「さとり(悟り)」という言葉を聞いて、最初に思い出すのはオウム真理教の信者の人たちです。

くしくも最近、1995年当時、目黒公証役場の事務長を拉致した事件でオウム真理教元信者の平田 信被告の初公判などがあり、話題になっています。

私は、1995年に起きた地下鉄サリン事件後、警察官によって信者の子どもたちが、教壇関連施設から強引に連れ出された事件の取材を通して、教団幹部と呼ばれる人たちとは違う、一般信者の人たちと知り合いました。(続く…

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「オウム真理教」と聞くと、それだけで、なにやら得たいの知れない、恐ろしいイメージを持つ方もいらっしゃることと思います。

その信者の方々に対しても、「あんな凶悪事件を起こすような教えを信じていた凶悪な人間」「マインドコントロールされ、自分の頭でものを考えられない人間」「親子の絆など、人と人とのつながりを否定する冷酷な人間」・・・そんな印象を持っている方も、けっこう多いのではないでしょうか。

イメージとは真反対

でも、実際にはまったく反対です。

私がお会いした、多くの信者の方々は、人とのつながりを求めるがあまりに傷つき、多くのことを考えすぎてしまうからこそ生きづらく、結局は争いや暴力を肯定している社会(世界)を憂えているからこそ、今の世の中をうまくわたっていくことができず、現世を捨てて出家していました。

でも、それでも現世への思い、現世に残してきた家族や恋人や大切な人たちへの思いが絶ちがたいからこそ、世の中から距離を取った世界で、日々修行をし、そうした煩悩を断ち切ろうともがいていらっしゃいました。

何ものにも執着しない、何も求めない「無」の境地である「さとりの境地」を目指し、極限まで自分を追い込もうとされていました。

私にも盛んに修行を勧め、「さとりを開くことがいかにすばらしいことか」と説いてくださった方々もいっぱいいらっしゃいました。

「さとりの境地」はすばらしい?

しかし、私には(大変申し訳ないのですが)、彼らが修行をしてまで目指す「さとりの境地」がそんなにすばらしいものには感じられませんでした。

悩みも苦しみも悲しみもない、傷つけたり、傷つけられたりすることもない、何も欲しない世界がどうしてすばらしいのか? そんな世界が「幸せ」と呼べる世界なのかが、私には分かりませんでした。

もちろん私だって苦しみは嫌ですし、傷つけることも、傷つけられることもしたくはありません。すべて満たされた状態で、何の悩みもなく、楽しい思いだけをして生きて行けたらどれほど苦労はないかとも思います。

でも、大切なものを失えば、悲しみに暮れるのは当然ですし、だれかを心から愛すれば傷つくことはありますし、何かに打ち込めば自分の至らなさに悩むことは避けて通れません。
「ああもしたい」「こうありたい」と思うからこそ、人生は豊かで、生きていく甲斐のある、キラキラしたものになるのではないか、と思うのです。(続く…

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確かに、怒りや悲しみなどの強い感情は私たちを圧倒し、打ちのめします。けして幸福感を与えてくれる感情ではないので、その感情を持ち続けるのはとても大変なことです。

そのうえ、このブログの「感情を失った時代(7)」などで書いたように、あるシチュエーションの中で当然、抱くであろう「リアルな感情」の存在が許されない現実もあります。

私たちの社会は、べつに特定の宗教に入信などしていなくても、現実社会に適応するべくーーとくに90年代に入ってからーー極力、心を動かさないよう、「感情的になることはよくないことだ」と、子どもたちに教えてきました。

BENNIE Kの『モノクローム』

90年代を生きた子どもたちの気持ちをとてもよく現しているヒット曲があります。2008年にBENNIE Kが歌った『モノクローム』です。 当時、動画投稿サイト“泣ける歌”で再生回数が200万回を超えました。

以下は、その歌詞の一部です(全体を知りたい方はこちらをご参考ください)。

All 遠慮せず Name the price あんたの価値一体どんくらい?
Gucci Fendi Louis Vuitton Or CHANEL がなきゃ計れない時代
先進国日本に生まれ 変えれると思った何か歌で?
現実と言う荒波に打たれ 分かったのは『人生勝ち負け』って
やられる前にやれるか? 負け犬なら慣れるか?
All day All night なんで終わんない 時間は 今日も足りない
ただ不安だって痛んで 不満がって誰かをひがんで
ありったけで笑ったって 本当はもう訳わかんないです (Look at your self)
暗い自分は嫌い 友情とかくさいし要らない
自分の価値そんなの知らない 感情はもううざいし要らない

衝撃的だったフレーズ

私は、2010年に国連で自分たちの現状をプレゼンテーションした子どもたちから、この歌の存在を教えてもらいました。「自分の周囲にいる同世代の気持ちを代弁している」と、教えてくれたのです。

この歌の言う、ブランドがなければその人間の価値がはかれないということ。現実の中で人生は勝ち負けであるということ。負け犬には慣れるのかということ。ありったけで笑っていても、もう訳が分からなくて、友情もいらないということ。

そして、「自分の価値そんなの知らない」「感情はもううざいし要らない」というフレーズ・・・。

私たちがつくってきた社会が、ここまで子どもたちを追い込んでいるのだと、本当に衝撃を覚えました。(続く…

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でも、この『モノクローム』の世界観は、ここ10年くらいの間、私が10代から20代に対して感じていた“変化”と一致していました。

「怒り」から「あきらめ」へ

私が子どもや家族をめぐる問題とかかわり始めたのは1990年代半ば。その頃の子どもたちは、おとなや社会に対して、もっともっと、ずっとずっと辛辣でした。

本音と建て前を使い分ける親に嫌悪感を持ち、きちんと向き合おうとしない教師に腹を立て、社会の理不尽さに憤っていました。

言ってしまえば、あの伝説のシンガーソングライター、尾崎豊が歌ったおとなや社会への「怒り」に共感できるような感覚を持っていました。

ところが、2000年代に入ってからは違います。
おとなへの、社会への「怒り」は急速にしぼみ、代わりに子どもたちから感じるようになったのは「あきらめ」でした。

尾崎豊と加藤ミリヤの違い

そんな子どもたちのマインドの変化は、尾崎豊が1985年に発表した『卒業』と、1988年生まれのシンガーソングライター・加藤ミリヤが20006年に発表した『ソツギョウ』の違いに端的に現れています。

たとえば尾崎は「行儀よくまじめなんて クソくらえと 思った 夜の校舎 窓ガラス壊してまわった 逆らい続け あがき続けた 早く自由になりたかった 信じられぬおとなとの争いの中で 許しあい いったい何 解りあえただろう」と歌いました。

これに対し加藤は「気付いて欲しい ここに居るのに some teachers hated me わかる訳ない 何も知らないくせに I never go there no more 意味もない 行き場だってない 私だったから たった一つ見つけ出す その日が来る 壊されそうで it feels like killing  助けを求めて ねえ 泣いて泣いて泣いて泣いた答えここに 今 支配の中を抜け出して」と歌っています。

どちらも、「支配から脱(卒業)して自由になるのだ」と歌っているのですが、そのトーンはかなり違います。

上記サイトで歌詞の全文を読んでいただけば、その違いがさらに分かっていただけると思うのですが、尾崎は窓ガラスを割ったり、おとなに逆らい続けたりして、積極的な「怒り」というかたちで自分の思いを表現します。

一方の加藤は、「気づいて欲しい」「助けて欲しい」と、常に消極的です。尾崎の歌詞から強烈に感じる「怒り」は姿を消し、自分からは何も働きかけることはしない孤独な姿が浮かびます。(続く…

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私が実際に会った子どもたちも同じでした。

たとえば、私が編集・執筆に関わった児童養護施設で暮らす子どもたちの声を集めた『子どもが語る施設の暮らし』(明石書店)という本の取材で出会った子どもたちもそうです。

90年代はじめくらいまでに出会った子たちは、施設での生活に不満を述べ、自らをこんな境遇に置いたおとなへの憤りを語ってくれました。その激しい怒りの矛先は、ときにインタビュアーである私に向けられ、私の中にも強いネガティブな感情を呼び起こすほどでした。

ところが、90年代後半、とくに2000年に入ると事情が変わってきます。同じように児童養護施設で暮らすこどもたちに話を聞いたにもかかわらず、子どもたちは、言葉少なに「べつに不満はない」と言い、「だって、仕方ないじゃん」と、冷めた目で私を見つめていました。

何を聞いても「べつに」「フツー」「流すだけ」と答えられてしまうので、インタビュアーとして、「たとえばこういうことに不満はないの?」「こんなおとなのことをどう思う?」と、焦りながら質問をした思い出があります。

怒りもいらだちもない

私がこうした子どもたちの変化を意識しはじめたのはちょうど2000年でした。
1997年に起きた神戸小学生殺傷事件以来、その加害者だったA少年と同年代の子どもたちによる事件が相次ぎ、「キレる17歳」が話題になっていた頃です。

当時、「キレる17歳」に共感を覚える同世代は少なくありませんでした。そんなひとりである17歳(当時)の少女が、こう言ったのです。

「こうやってずーっと競争させられて、周りを見ながら生きて、そうしたら『ほっと出来るのなんて、定年退職してからじゃん』って思ったら、なんか嫌になっちゃったよ。社会が変わるっていうか、変えられることなんかあるのかな?」

そこには、世の中を変えていこうという思いや、定年するまでホッとできない社会への疑問はありませんでした。
彼女にとって、今の世の中は「絶対に変わらないもの」で、「その中でいかに生き延びるのか」が大事でした。

当然、怒りも、いらだちも感じられません。(続く…

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「怒り」を安心して表現できる環境が保障され、関係性の維持を求める欲求に応じてくれる養育者に出会うことができれば、乳幼児の「怒り」(泣き叫び)は、少しずつ洗練されていきます。

その子の発達度合いに応じて、ただ泣き叫ぶのではなく、身振りや手振り、言葉や意見など、もっと有効な方法で自分のニーズを表すようになっていき、やがて意見表明や自己主張と呼ばれるものへと変わっていきます。

一方、不運にも安全な環境や求めに応じてくれる養育者に恵まれなかった場合、子どもは「怒り」という、他者に助けを求めるサインを適切に表すことができなくなってしまいます。「求めても他者は応じてくれない」と学習し、他者の助け、他者との関係を求めることをやめてしまうのです。

スピッツの調査報告

1945年、児童精神科医のスピッツがまとめた、有名で、かつとても興味深い乳児についての調査報告があります。

母親から引き離された乳児は、最初はさかんに泣きますが、そのうち泣かなくなり、無表情・無反応になっていくというものです(Spitz,R.A.(1945):Hospitalism.An inquiry into the genesis of psychiatric conditions in early childhood.Psychoanalytic Study of the Child,1,53ー74.)。

さらにスピッツは、その後も母(養育者)によるケアがなかった場合、乳児はホスピタリズムと呼ばれる情緒的発達および身体的発達の障害を来し、死に至ることもあるとも述べています。

ボウルビィの「悲哀の過程」

また、第二次大戦後の戦災孤児の調査や、乳幼児と親の関係を研究した愛着理論の立役者・ボウルビィは、大切な愛着対象を失ってから、新たな愛着対象との創造的な関係を結ぶに至る心的過程を次のように考えました。

(1)失った事実を認められない段階、(2)失った対象を探し続け、あきらめきれずに強い怒りを感じる段階、(3)対象が戻って来ないとあきらめ、絶望する段階、(4)新たな愛着対象との関係性を結び始める段階。

でも、新たな愛着対象が見つからなかったらどうでしょうか。「求めても仕方がない」とあきらめ、無気力になってしまうのではないでしょうか。(続く…

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こうした心理の世界では常識となっている研究報告と、「さとり世代」の若者たちや、最近の子どもたちの様子を重ね合わせてたみたとき、若者・子どもたちの諦観とも言えるさとりの状態は、「関係性を求めても、それを得ることができなかった経験の産物」であるように思えてなりません。

こうした心理の世界では常識となっている研究報告と、「さとり世代」の若者たちや、最近の子どもたちの様子を重ね合わせてたみたとき、若者・子どもたちの諦観とも言えるさとりの状態は、「関係性を求めても、それを得ることができなかった経験の産物」であるように思えてなりません。

チャレンジするには安全基地が必要

子どもが怖い思いをしたり、不安を感じたり、病気になったりしたとき、恐怖や不安を取り除き、手当てし、安心感をもたらしてくれる母的存在、継続的に子どもを見守ってくれている存在・・・健全な愛着対象は、子どもが心身ともに健やかに成長・発達するために欠かせません。

子どもは、こうした養育者によって、外界を「安全なもの」と認識し、「自分は大切な存在である」という自己肯定感を手に入れます。

そして、「ここに戻ればいつでも慰めてもらえ、エネルギーを補給できる」と確信できる安全基地(養育者との関係性)があるからこそ、チャレンジしたり、新しい世界にこぎ出す勇気や学ぶ意欲がわいてくるのです。

そんなチャレンジ精神や希望、自信に満ちあふれた姿は、「さとり世代(2)」で『知恵蔵2013』から引用した、昨今の若者像・・・「無駄な努力や衝突を避け、過度に期待したり夢を持ったりせず、浪費をしないで合理的」とは対局にあるものです。

さとりの境地に追い込んだのはおとな

私たちおとなは、「さとり世代」などというレッテルを貼って、思考を止める前に、なぜ彼・彼女らがそんなにも諦観しきった人生を選びとるしかなかったのかを考えてみるべきではないでしょうか。

「最近の若者は野心がない」とか「覇気のない子どもが増えた」などと嘆く前に、彼・彼女らとのかかわりを見直してみるべきではないでしょうか。

子どもはおとなによって育てられます。

生まれたての赤ん坊の、あの圧倒されるような生のエネルギーを思い出してください。子どもの持つエネルギーを奪い、あきらめとも呼べるさとりの境地に追い込んだのは、子ども自身ではありません。

私たちおとななのです。

8月に入っていよいよ夏本番。夏休みムードも高まってきました。みなさんは、「夏休み」と聞くと、どんなことを思い出されますか。

私が思い出すのは、自由研究や日記、感想文や絵画などの宿題。それからラジオ体操でしょうか。

もう時効なので、正直に書いてしまいますが、夏休みの宿題が出されると「どうやって楽して仕上げるか」を考えたものです。
とくに毎日継続してやらなければならない日記やお天気記録は大の苦手だったので、日記は「1週間分まとめて書いてしまえ」と適当に書きちらし、天気のほうはまじめに毎日付けていそうな子にあらかじめお願いしておき、夏休み終了間近に写させてもらっていました。

ラジオ体操は、出席した日に判子をもらうという仕組みだったので、「昨日、もらい忘れちゃった」などと嘘をつき、ちょっとだけズルをしたりしながら、とにかく夏休みは「朝寝坊してめいいっぱい遊ぶ!」ということに意欲を燃やしていたような記憶があります。

ラジオ体操の縮小

でも最近の子どもたちの夏休みはちょっと様相が違うようです。
先日も、都内のある住宅街を歩いていたら「今年のラジオ体操は中止です」という張り紙を見つけました。

そういえば、何年か前のワイドショーか何かで「親たちの送迎が負担」、「近所からうるさいと苦情が出た」などの理由で、中止になったり、短縮されたりする傾向があるという話を耳にしたことがあります。真偽のほどは分かりません。

確かに家の近所でも、実施期間は少しずつ短くなり、全体として縮小? の傾向があります。いちばん感じたのは、「音」です。かつては大音量でラジオ体操の音楽を流していましたが、ここ数年はかなり小さめのボリュームになっています。やはり、近所への配慮なのでしょうか。

「休めない」夏休み

ラジオ体操以外にも、子どもたちの夏休みはいろいろ変化しています。
「やれ夏季講習だ」「やれ部活だ」「奉仕活動もしないといけないし、課外授業もある」などなど、「いったいそれって夏休みなの?」という子どもたちが増えています。

そもそも、夏休み自体が短縮という自治体、学校が珍しくなくなっています。なかでも最近、話題になったのが静岡県吉田町です。「来年度から町立小中学校の夏休みをお盆の前後16日間にする」と発表したのです。

その理由を同町の浅井啓言教育長は「新学習指導要領をいち早く先取りした」と説明しています(『朝日新聞』 2017年7月27日)。(続く…