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民主党の子ども施策について考えたときに、どうしても頭をよぎってしまう人物がいます。
文部科学副大臣の鈴木寛氏です。

鈴木氏はかつて、長年、民主党の教育分野に関する施策のアウトラインを描いてきた人物です。かつて教育基本法「改正」が強く叫ばれていたとき、自民党が示した「改正」案への対案を作成したのも同氏でした。

その対案の細かい内容について今回は触れませんが、私がそれを読んだときの印象だけを述べさせていただくとするなら「自民党の『改正』案以上に、子どもたちを“自立”に向けた競争に追い込むのではないか?」というものでした。

子ども問題に精通した研究者などの中には「今も民主党の教育関連施策に最も影響を与えているのは副大臣である鈴木氏」と、断言する人もいます。

昨年末は「子どもの貧困」について書きました。
今回は、去年「子どもの貧困」と同じくらい良く使われていた言葉である「チェンジ」にまつわるお話しを書きたいと思います。

アメリカにオバマ政権が誕生したこと、そして日本でも自民党に代わって民主党政権が生まれたことなどから、「チェンジ」や「変革」などという言葉が飛び交いました。

昔の社会党(現・社民党)から移った方も多いる民主党。その支持層には、「アンチ・体制派」と言われている組合なども多く含まれています。また、過去の選挙では「今の政治を変えたいけど、あまり過激な政党は選びたくない」というような人々からも表を集めてきていました。

 新年あけましておめでとうございます。

 早いもので、このブログが始まってから今年で4年。
 皆様にこうして新年のあいさつをさせていただくのも4回目となりました。

 昨年は、このブログを書かせていただいきたおかげで、地域猫・ミーちゃんの話が本になり、『迷子のミーちゃん 地域猫と地域再生のものがたり』(扶桑社)として出版されるというビックリするような出来事がありました。

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いったい「子どもの貧困」の何が問題なのでしょうか? 競争による格差や、自己決定ー自己責任による貧困をもたらす社会で子どもたちは何を奪われているのでしょうか

それは「人間関係」です。

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さらに「『子どもの貧困』の何が問題か」(1)でも紹介した国連へのNGOレポートには、

「私立から公立中学校に編入してきたAくんは、部活動の時間になると手のしびれや吐き気を訴え、保健室に来る。それを受け入れられない母親は『部活の顧問は問題教師』『指導の仕方が間違っている』とクレーマーと化し、やがてAくんは教室にも行かれなくなった。それでもバブル世代の母親は、『私学から落ちこぼれたという挫折感を持ったうえに、部活動まで続けられないなんて“負け犬”』と“励まし”続けている」

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前回紹介したような「先進国に生まれ育ちながら、努力しようとしなかったり、他人様に迷惑をかけるような人間は甘えている」という考え方を持つ人たちは、発展途上国の子どもも、もちろん先進国の子どもも、視野に入れてつくられた国連の条約である子どもの権利条約について、間違った解釈をすることがしばしばです。

たとえば、元国連人権小委員会委員でもある波多野里望氏は、「この条約は、そもそも発展途上国の子供の人権環境を改善することを主な目的」とし「子供の権利を突出させることを要求しているわけではない」(元国連人権小委員会委員・波多野里望氏)と解釈しています(引用)。
そして、いまだに保守系の議員の方は、これと同様のことをよく口にします。

今年は、ちょうど子どもの権利条約の国連採択20年、日本批准15年の節目に当たる年なのですが、まだまだ子どもの権利条約を正しく理解している人は少数です。何しろ、日本政府でさえ、つい多波野氏のような立場を取っていました。

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私たちの社会はずっと長い間、「経済的に豊になれば幸せになれるはずだ」と考えてきました。そして、「経済的に豊なのに問題を起こしたり、意欲を持って何かに取り組んだりできないのは本人が甘えているからだ」としてきました。

実は、とても残念なことですがいまだにそのように考えている人が知識人とか、学識経験者と呼ばれる方の中にも少なくありません。

最もよい例が、06年12月の「改正」教育基本法につながる今の教育政策路線を決定づけた『教育改革民会議』の第一分科会に提出した曽野綾子氏のレポートです。

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でも、ちょっと待ってください。

確かに、保険証がなくて病院に行けなかったり、高校生がアルバイトで生計を支えたり、学用品も買えず、家に食べ物がないような「貧困」生活は確かに問題です。
教育費がバカにならないほどかかる日本においては、経済格差は子どもの将来、いえ、何世代にもわたる格差の始まりになることも明らかです。
間違いなく子どもたちを不幸にすると言っていいでしょう。

では、単純にこうした子どもたちにお金を与えれば、それで問題は解決するのでしょうか?
お金がいっぱいあれば子どもは幸せに生きていけるのでしょうか?

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前回書いたような「子どもの貧困」をもたらす要因のひとつに、90年代後半からの非正規雇用者の増加が挙げられます。

90年代には20.0%だった非正規雇用者が2008年には33.9%にもなっているのです。
とくに、これから子どもを育てたり、今、子育てをしている世代に当たる20〜30代男性の割合が増えていて、24歳未満の若年労働者では48%前後。10代後半の非正規雇用率は約7割との報告もあります(2008年版『青少年白書』)。

非正規雇用者の場合、年収は300万円未満が多く、生涯賃金にすると正社員とは2.5倍もの格差が生じるそうですから、その影響は深刻です(『経済財政白書』2009年)。

高度成長期以降、2%台という低水準を維持してきた失業率も、90年代以降は5%台まで上昇しています。

雇用環境の悪化を受け、生活保護受給世帯も増えました。98年度には66.3万世帯でしたが、2009年4月現在では120.4万世帯にもなりました。

「子どもの貧困」という言葉を目にすることが多くなりました。

新聞やニュース番組などでも、「学費を払うためだけでなく、家計を助けるためにアルバイトをせざるを得ない高校生」や「健康保険が無いため、病院に行かず、保健室に繰り返し訪れる小中学生」などの姿がリアルに報道されています。

子どもが貧困であるということは、つまりその子どもが暮らす家庭(世帯)が貧困ラインにあるということ。

ちなみに、経済協力開発機構(OECD)のデータが採用している日本の貧困ラインは、親子二人世帯では年収195万円以下、親二人子一人世帯では239万円だそうです(『子どもの最貧国・日本 ーー学力・身心・社会におよぶ諸影響』山野良一/光文社新書)。

10月20日に厚生労働省が公表した相対的貧困率によると、今や国民の七人に一人が「貧困状態」で、OECDの最新統計に当てはめると、なんと上から四番目だそう。
しかも、他の国に比べて「貧困層全体に占める働く人の割合」が八割以上と、高くなっているのが特徴です(『東京新聞』2009年10月21日付け)。