もちろん、津波や地震の被害は虐待(不適切な養育)とは違います。
しかし、それによって子どもが「安全な場を失ってしまう」ということは同じと言えるのではないでしょうか。
おとなを頼らなければ生きていけない子どもには、安心して自分の思いや願いを表現し、そのすべてを抱えてもらえる安全基地(受容的・応答的な関係)が必要です。
しかし、虐待も震災も、その土台を根幹から揺るがします。
生々しい恐怖体験にさいなまれながら、生活の再建に汲々とするおとなを前にした子どもは、すべての欲求を引っ込めるしかなくなってしまいます。