このフロムの言葉は、ともすると日本の状況を現すときに昨今よく使われる「多様化した社会」とか「個性化の時代」などとは真逆の言葉のようにも聞こえます。
多くの人が、今の日本社会は自由に人生を選び取り、さまざまな個性に応じて生きて行けると思わされ、私たちは自由で公平な社会に生きていると錯覚しているからです。
現実を見れば、今の社会がマニュアル主義になっていること、個人よりも組織の判断が優先されていること、ひとりひとり違う人間存在(個性)よりも効率性が重視されていることは、明らかです。
一見、自由に見えるけれども、そこにはいつも選ぶべき答えが用意されており、それ以外の選択をすれば、その組織の中枢からはじき出されます。
「何を言ってもいいんですよ」というタテマエを信じて本音を語れば「空気の読めない人」として排除されていくのです。
しかもそうして片隅に追いやられ、たとえば“負け組”に入ったとしても、それは「自己責任」として、その当人が引き受けることとされます。
