戦争がなくても平和じゃない(1/11)

2019年5月29日

もうすぐ終戦記念日です。

毎年この時期になると、戦争や原爆に関するテレビの特番や新聞・雑誌の特集などを目にする機会が増え、自然と平和について考えさせられます。

そして目を覆うばかりの惨状や悲惨な戦争体験、戦後の過酷な環境を生き抜いてきた方々の苦労などに、本当に心が痛みます。

しかし、その一方で「二度とあの悲劇を繰り返さない」と、式典などで述べている政治家や、戦時中と比較して「今の日本は平和である」と言う人々の発言に腑に落ちないものを感じているのも事実です。
こうした意見を聞くたびに思います。

「戦争さえなければ平和なの?」と。

分かりやすい暴力がなければ平和?

確かに、今、私たちの頭上に爆弾は落ちてきません。
戦闘機が飛んでいたりはしないし、徴兵されて戦地に送られるということもありません。体制に反することを言ったり、やったりしても、だれかを傷つけたりしない限り捕まることもありません。

かたちの上では、「言論の自由」が保障され、民主的な社会をつくっています(真実はどうなのかについては異論もありますが、それはまたの機会に)。

でも、こうした目に見えやすい、分かりやすい暴力や支配さえ無くなれば、平和だと言っていいのでしょうか?

暴力があふれる家庭・家族

たとえば前回の「『がんばらなくてもいい!』・・・そんな新しい社会へ(8)」でも書いた通り、日本の家庭・家族には暴力があふれています。

つい先日、厚生労働省が発表した2010年度に全国の児童相談所(児相)が対応した児童虐待の件数は5万5152件で、初めて5万件を突破しました。この20年間に5倍にふくれあがり、前年度より1万件以上増えました。

そこには、虐待死やネグレクトが大きく報道される中で、人々の関心が高まり、SOS通報が増えたということもあるでしょう。しかし、相談の現場にいる者として、子どもへの無関心・子どもという存在が理解できないことによる虐待やネグレクトは確かに増えているという実感があります。

さらにその背景をみれば、安定な仕事にしか就けなかったり、福祉や教育までも、お金で買わなければならなくなったり、将来の見通しが立てられなかったりする社会の中で、多くのおとなが余裕を失い、子どもとの関わりで何が大切なのかが分からなくなってしまっている実態があると思います。(続く…

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Posted by 木附千晶