何しろ検証委員会は、せっかく集めた証言までも「プライバシー保護」を盾に、どんな立場の、どんな人物が証言したものかをぼやかしてしまいました。
そして、相反する証言をただ並べ立て、羅列しました。
「山への避難を訴えたり、泣き出したり、嘔吐する子どもがいた」と書いたと思えば、その一方で「遊び始めたり、ゲームや漫画など日常的な会話をしていた」と記すなどして、検証という行為を放棄しました。
こうして検証委員会は、何一つ新しい事実を提示できなかっただけでなく、遺族の方々が事故直後から集め続け、積み上げてきていた事実を曖昧にしてしまいました。
そうして「津波予想浸水域に入っていなかったから危機意識が薄かった」「裏山は危険で登れないと思っていた」など、「子どもたちが命を落としたのは仕方なかった」と言わんばかりの最終報告をまとめたのです。