遺族を訴訟に追い込んだ大川小学校事故検証委員会(5/7)

2019年5月29日

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教師には、子どもの命と安全を守る義務があります。教師ではない、多くのおとなであれば見過ごしてしまうような危険であったとしても、それを予見し、回避することが求めらます。

そのような専門家であるからこそ、親は安心して子どもを学校に預け、教師を信頼することができるのです。

専門家集団として機能しなかった

ところが大川小では違いました。
教師は、ラジオなどから災害情報を得ながらも、川の様子を見に行くなど積極的な情報収集をしていませんでした。3.11の二日前に起きた震度5弱の地震のときには、川の様子を見に行き、教師たちの間で津波の危険性が話題になっていたにもかかわらず、です。

唯一、助かった生存教師をはじめ、山への避難を促す教師もいましたが、「津波は来な
い」と主張する古参の教師の声にかき消されてしまいました。
いったんは山に逃げた子どもは連れ戻され、かってな行動を取らないよう、注意されたそうです。
校長不在の中、教頭は決断を下せずにいました。

日頃の人間関係問題?

あるご遺族は、こんな重要な指摘をしています。

「生存教師は理科が専門でした。地震には一番詳しかったはずです。その教師が二回も山への避難を主張したのに、通らなかった背景には、日頃の教師たちの人間関係や力関係、校長の学校運営の問題があったのではないでしょうか。そうだとしたら、それは学校文化の問題です。ところが検証ではこの一番重要な部分が手つかずです」

実は、古参の教師と生存教師をめぐる日頃からの軋轢については他のご遺族の方々からもたびたび耳にしました。
そのせいもあるのでしょうか。「生存教師は職員室で浮いた存在だった」と話すご遺族もおられました。

教師間の意思疎通に問題?

形には見えない人間関係のことですから、はっきりとした結論を導き出すことは難しいことでしょう。証言者となるべく多くの教師が、命を落としています。

しかし、検証委員会がまとめた最終報告にも「生存教師が校舎二階で比較的安全に避難できそうな場所を特定している間に、三角地帯(地図参照)に向けて移動を始めた」(84ページ)と書かれています。

少なくとも、教師間の意思疎通や話し合いがうまくいっていなかったことは推測できます。(続く…

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