「改正」の明確な理由もなく
しかし、そこまで急いで「改正」しなければならない明確な理由は何も示されていません。参議院・教育基本法改正特別委員会で参考人に立った知人に聞いても、「公の理由は『国際社会の変化に合わせるため』だけ」とのことでした。
「国際社会の変化に合わせるため」に何を行うつもりでいるのかについては前回までの「教育基本法『改正』で子どもは育つか?」で述べました。端的に言えば、「分に応じて国や社会に役立つ人間の人材育成」です。
このような意図は「改正」法の中に明記はされていません。でも、それは教育改革国民会議(2000年)から続く、「21世紀教育新生プラン」(2001年)、「人間力戦略ビジョン」(2002年)、「中央教育審議会答申」(2003年)など、「大競争時代を打ち勝つ」として次々と出された提言などを見れば一目瞭然です。
そして、その先に競争の激化と規律・統制によるストレスの増大、子どもの序列化、そして人間関係の崩壊が待っていることも、「改正」先取りの教育改革を行っている自治体の現状から疑念の余地がありません。

2006年12月15日、私たちは「教育の原点」を失いました。「改正」教育基本法が成立したのです。
そんな教育現場にはびこるのは、自己決定と自己責任に基づく競争原理と上意下達の命令や道徳規範、規律です。子どもたちを“調教”しようというのです。まるで競走馬のようです。
このような科学的事実から、昨年は国連「子どもの権利委員会」もアタッチメント理論を取り入れた乳幼児の権利に関する見解を出しました。
今回は、子どもたちが本音を語ることができない現実について書く予定でしたが、急遽変更。緊急事態である教育基本法「改正」について取り上げさせていただきました。
こうした現実を放置、いえ助長してきた官庁の最高責任者でありながら、「世の中は君を放っているわけじゃない」「必ずだれかが受け止めてくれることを信じてください」「素晴らしい人生を送ってください」と、まるで他人事のような口調で言う彼らは、いったいどういう感覚を持った人たちなのでしょうか。