子どもが危ない(5/6)

2019年5月29日

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次にはじまるのは異質な者の排除です。いつの時代でも、不安が増大すると地域にとけ込めない“弱者”やみんなと同じように振る舞えない“変わり者”が排除されてきました。たとえば外国人やホームレス、精神障害者などと呼ばれる人たちです。今なら、引きこもりの少年などもその対象になるでしょう。

そうした疎外感が新たな加害者を生むことは、昔から言われてきました。今年2月に滋賀県で起きた、付き添いの保護者に二人の園児が殺された事件からも明らかです。

いったん相互監視と疑心暗鬼の悪循環に陥ってしまうと、そこから抜け出すのは容易ではありません。「安全な共同体の復活」を掲げた防犯活動が疑心暗鬼の増幅に一役買ってしまうこともあります。

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気になるのは、まるでサークル活動でもするかのように嬉々として不審者を捜し回る“善意の人々”です。
その姿は私に、オウム真理教(現アーレフ)元代表・麻原影晃死刑囚の子どもたちを取材した99年に見た、栃木県大田原市や茨城県竜ヶ崎市などの住民を連想させます。

当時、わずか10歳足らずの子どもたちの住居を見張るために監視小屋を建て、夜な夜な酒を飲んで罵声を浴びせ、勢い余って塀を壊し、「悪魔のお前たちに人権はない」と叫んだ住民たち。子どもたちの就学や買い物まで邪魔をし、通学路に「オウムは出て行け」と看板を立てた住民たち。この住民運動に参加しないと「お前もオウムか」と迫った住民たち。子どもたちが出て行った後、住民運動を振り返って「いい思い出がいっぱい出来た」と語った住民たち(『悪魔のお前たちに人権はない! ー学校に行けなかった「麻原影晃の子」たち』社会評論社 273頁)。
そこには、私たちが共同体に望む「みんなで支え合う」雰囲気はみじんも感じられませんでした。

余談ですが、この幼い子どもたちを巻き込んだ異常な住民運動の背景には、破壊活動防止法不適用が決まった後(97年1月)、沈静に向かっていたオウムバッシングの新たな盛り上がりがありました。

火種となったのは、公安調査庁と警察、裁判所、マスコミ、地方行政が一体化してつくりあげた「オウムは怖い」とのイメージです。歯止めがきかないほどにまでふくれあがった「オウムへの住民の不安」を理由に、99年の国会で組織的犯罪対法、犯罪捜査のための通信傍受に関する法律(盗聴法)、住民基本台帳法一部改正(国民総背番号制の導入)などが可決されたことはよく知られています。
そうして日本は、いわゆる監視社会に足を踏み入れたのです。

確かに、子どもたちが幸せに生きられる社会への第一歩になるのなら、それでもいいでしょう。「家の外」を見張り合うことによって、「家の中」も安全になり、子どもがすくすくと成長するなら、窮屈な監視社会も受け入れる価値はあるかもしれません。

けれども、そんなことには絶対になりません。常におとなに見られ、守られ、「他人は信用できない」と教えられて育った子どもたちのツケは、かならず回ってきます。(続く…

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