子どもたちは、いつでも周囲から浮かぬよう、けっして嫌われぬよう、その場、その場で“求められるキャラ”を演じることで、かろうじて友達関係を維持しています。本音も、本当の自分も出せないから、いつでも孤独で寂しいのです。
そんな子どもにとってネットは、つかのまの出会いや人とのつながり、暇つぶしの機会を与えてくる魔法のツール。それが今や片手に収まるサイズになったのですから、手放せなくなるのは当然です。
空っぽの中身を埋めるために
子どもたちの多くが、自分の「本当の気持ち」にはふたをし、見せかけの明るさや、派手やかな服装ではしゃいでいます。
空っぽの中身を埋め合わせるため、自分を飾らないわけにはいかないのです。
いきいきとした感情を感じられないから、危険な遊びやドラッグ、お酒にも手を出しがちです。
それらは、幻想にすぎませんが、“一瞬の高揚”をもたらしてくれるからです。
人生のすべてを搾取
今、子どもたちは、人間関係も、自分らしい感情さえも搾取されて生きています。これでは、自我など育ちようがありませんし、アイデンティティだって確立できません。いつまでたっても、おとなになって生きていくための足下はぐらついたままです。
それでは、他人のことも考えながら、自分らしく自分の人生を主体的に生きることなどできようはずがありません。
ただだれかに従って生きるだけの従属的な人間になったり、怖くて社会に出ることができない、いわゆる引きこもりだとかニートと呼ばれる若者が増えるのも当然です。
こうして私たちの社会は、子どもの人生のすべてを搾取しているのです。