『生き心地の良い町』(6/9)

2019年5月29日

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「韓国の子は『私はこう思う』とか『あなたはこうだよね』とか、はっきり言ってくれるから安心してつきあえる。日本の子たちは、表面上は楽しそうにつきあっている子のことを影では悪く言ったりするし、本音を見せないから何を考えているのか分からなくて怖かった。会話していても『本当はどう思っているんだろう?』っていつも探るような感じで疲れてしまった」

こうした日本の学校、友人関係における息苦しさは、学校に行くことが難しかったり、「人の目が気になる」という悩みで来室される10代のクライアントさんから、最近もよく聞きます。

いえ、もしかしたら最近の方がずっと多いかもしれません。

空気を読めなければ人間じゃない?

確かに「KY」(空気 読めない)という言葉がはやった頃も「空気を読めないのはいけないこと」という状況はありました。

でも今は、それよりも何歩も進んで「空気を読む」ことは「空気を吸う」くらいに当たり前のことになってしまっているように思えます。誤解を恐れずに書くなら、10代の方たちの話を聞いていると「空気を読めなければ人間じゃない」くらいの勢いを感じるのです。

子どもは、おとなより敏感に時代の空気を感じ取ります。そして、その空気をつくっているおとなが、心の中で何を思い、何を期待し、何に価値を置いているか、何が否定されることなのかなどをいち早く察知し、乾いた砂のように吸収します。

福島の子どもへのいじめは典型的

昨今、話題になっている福島県から避難してきた子どもへの「福島へ帰れ」とか、「(賠償金などをもらっているのだから)おごれ」などといういじめは、まさにその典型です。

もちろん学校や教員の対応のまずさ、いじめっ子の問題は否定しません。しかし、最も根本的な原因をつくっているのはだれでしょうか?

子どもを含めた追加被爆量の限度を従来の20倍である20ミリシーベルト・・・これは放射線を扱って仕事をするおとなに厳重な管理が課される数値です・・・に設定し、「その基準値以下だから安全なんだ」として、強制的に福島に帰るよう促す政府。

国が進めてきた原発の事故という人災によって、土地や仕事、人間関係を奪われ、将来を狂わされてしまった人に支払ってしかるべき保障を渋る政府。

そんな政府を許し、そういった政策を進める政治家を選んできた私たちおとなではありませんか。(続く…

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