『平気でうそをつく人たち』(1/9)

2019年5月29日

またまた本からの引用になってしまいますが、今回のタイトルは80年代にアメリカで、90年代に日本で話題となった精神科医で心理療法カウンセラーのM・スコット・ペックの本からお借りしたものです。

スコット・ペックは、診療室で多くの人々と出会った経験から、「世の中には“邪悪な人間”がいる」と考えるようになり、個人から集団まで、人間に宿る悪の所業とその心理的側面を『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学』(草思社)として記しました。

“邪悪な人間”とは?

スコット・ペックの言う“邪悪な人間”とは、次のような人間です(同書のカバーより)。

「どんな町にも住んでいる、ごく普通の人」
「自分には欠点がないと思い込んでいる」
「異常に意志が強い」
「罪悪感や自責の念に耐えることを絶対的に拒否する」
「他者をスケープゴートにして、責任を転嫁する」
「対面や世間体のためには人並み以上に努力する」
「他人に善人だと思われることを強く望む」

そしてスコット・ペックは、こうした邪悪な人たちは、「過度のナルシシズムを持ち、他者を支配し、他人の精神的成長を破壊する力を振るう」と指摘し、実際にどうかは別として邪悪な人たちは苦しんでいるように「見受けられない」と書いています(同書167~173ページ)。

「邪悪な人」と呼ぶことへの抵抗感

確かに、精神科医や心理療法家の診療室だけでなく、こうした人間はどこにでもいます。逆に、出会わない方がめずらしいのではないでしょうか。

上記に書いたような人たちを「邪悪な人」と呼ぶかどうかは別として、「犯罪者だとか、大きな悪事をはたらいたなどという“特殊な人間”だけが問題のある人なのではない」という部分には、とても共感できました。

でも、一方でどこか違和感も感じました。
きっと、本全体に漂う、邪悪な人に対する嫌悪感のようなもののせいでしょう。

もちろんスコット・ペックは素晴らしい治療者です。
「個人の邪悪性は、ほとんどの場合、その人間の子ども時代の状況、親の罪、遺伝的なものにある程度まで追跡可能なもの」と述べていますし(175~176ページ)、診療室で、こうした人々をどうにか変化させようと努力していることも十分に伝わってきます。

それでも私には、ある種の人間を「邪悪な人」と呼んでしまうことに抵抗を感じたのです。(続く…

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