『子ども報告書』ができました!(6/7)

2019年5月29日

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本当は、『届ける会News Letter』に掲載された報告書をすべて読んでいただきたいくらいですが、分量の関係もあるのでちょっと割愛。

今回は「子どもの声を国連に届けるプロジェクト」世話人一同による総論のエッセンスをご紹介したいと思います。

本当は、この総論だけでも全文読んでいただきたいところですが、かなり長くなってしまいますので、少しずつはしょったり、手を加えつつ、ポイントだけをお伝えしましょう。

「先進国・日本に生まれて」

総論は「先進国・日本に生まれて」という小見出しではじまり、次のように続きます。
「町中に溢れる人やモノ。TVの電源を入れれば味わえる感動。遠くの人とも関係し合えるインターネット。いつでも誰かと繋がれる携帯電話。

そんな恵まれた環境の中にあって、なぜか私たちは“からっぽ”な自分をいつも感じ、自分ではない誰かを常に演じているような感覚に囚われています。おとな達はそんな私たちを『思春期だから』とか『自分が無いから』と言い、『おとなになればそんな思いはしなくなる』と私たちに早く自立することの大切さを説きます。しかし、この思いは子どもの頃にも、そしてその時期を過ぎても、私たちの体の中に一生付きまとう感覚のようにべったりと張り付いて離れないでいるのです」

おとなが求める子ども像

そして、「子どもは経済的に豊かな国であり続けようとするおとなの苦しみを理解し、必死で努力し、演技をしている」と述べ、おとなたちの言動をこんなふうに分析しています。
「おとなは心の持ち様さえも評価対象にして、私たちに自分の感情を相手の求めによってコントロールすることを求めました。先生が求めている正解を言える子ども。最初から決められた目標に対して『結末の決まった』議論を熱心にやる振りのできる子ども。

そんな、おとなの求めるものをオートマチックに出し入れできる子どもたちが、結果的には社会に『適応力のある人材』として認められ、勝ち残っていくのです。

しかし、そんな積み重ねで、ある瞬間「自分のなさ」に気付いた時に、自分の顔や性格を変えないとその場に存在することが許されない不安感に押しつぶされそうになります。その恐怖から逃れるためにさらに揺れる感情に蓋をし、さらに何も感じない無機質な存在でいようとします。その繰り返しで最後には『感情が希薄な最近のコ』と言われおとなから揶揄されることになってしまうのです」

「孤独だった自分」という共通語

「でも、私たちは機械にはなれない」と、総論は続けます。

そのうえで、たとえば10代の読者がキャバクラ嬢に大きな魅力を感じる裏には、「孤独だった自分」という共通語があると記してます。
「『ひとりぼっちの自分を愛してくれる男がいる華やかな居場所』として、経済的に豊かな先進国の子ども達が本来ならば身を投じる必要のないはずの性産業の世界にさえ子どもが魅力を感じ、『ここなら生きられる私の居場所』として夜の世界を選択することさえあるのです」というのです。(続く…

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