『子ども報告書』ができました!(5/7)

2019年5月29日

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それから、今回の『子ども報告書』のもうひとつの大きな特徴。それが「母的環境」(自分をそのままで認め、ニーズを汲み取り応じてくれる関係のこと。
必ずしも母親によってもたらされるわけではありません)の喪失です

自分で自分を守ることなど不可能な子どもは、どうあっても「母的環境」を必要とします。それがあってはじめて、世の中は安全だと知り、自分はここにいてもいいと思い、自分の力を伸ばすこともできるようになります。


ダダ星人(文中参照)になって

ところが今回の「子ども報告書」には、そうした関係性の上に立っていると思える子どもがほとんどいません。

それどころか、

「どうにかして親(身近なおとな)に振り向いてもらいたい」
「自分を評価して欲しい」

と頑張って、頑張って、さらに傷つく・・・。
そんな様子が見て取れます。

親との間に「母的環境」をもてなかった影響は、学校生活や友達との関係など、さまざまな場面にも影を落とします。

「キャラをつくらなければクラスにいられない」
「本当の自分はどこでも出せない」
「自分を認めてくれる性産業に心惹かれていく」

などなど、さまざまなエピソードが語られています。

いつでも他者を気にして、自分を評価してくれる人を求めて、その場で必要とされる人にならなめればいけないつらさ。

ある子どもは「ウルトラマン登場するダダ星人(三種類の顔を持っていて、それらを使い分けることができる)のように、顔や正確を変えないとその場にいることができないなんて、苦しすぎる」と表現しています。

結果をもたらさなければ愛は手に入らない?

そんな子どもたちの辛さに、周囲のおとなは本当に無頓着です。
きっと、子どもの気持ちを考える余裕もないほど、おとなたちも追い詰められているのでしょう。

子どもは、さまざまなSOSを出します。
ときには本当にストレートに、いじめられていること、否定せずに話を聞いて欲しいこと、自分なりに頑張っていることを認めて欲しいこと・・・などをぶつけます。

しかし、そんな子どもたちの思いを受け止めようというおとなは、「子ども報告書」には登場しません。
どの子も「おとなが気にしているのは、受験や成績、部活動での結果だけ。だれも自分という子どものことなど見ていない」と、つづります。

その姿は私がどうしても好きになれないオリンピックで、メダルという結果をもたらさなければ価値(愛)を手に入れられないアスリートとダブって見えます。(続く…

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