生育歴が無視される裁判員制度(6/9)

2019年5月29日

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確かに2000年の少年法「改正」以降、「刑罰を課すのではなく、少年を教育・保護し、生き直しを援助する」という少年法の理念はすでに形骸化しつつあります。

しかしそれでも今までは、弁護人が頑張ればどうにかできるという可能性も残されていました。ところが裁判員制度が導入されることで、そうした可能性さえも無くなってしまいます。

私がよく知っている法学者は言います。

「要保護性を守る立場の調査官が『刑事処分相当』と言っているのだから、生育歴が争点になって『少年の生き直しを援助しよう』なんて結果が出ることはあり得ない。逆送された少年が刑事裁判で『保護処分相当』となれば家裁へと差し戻すことを定めた少年法55条も空文化してしまう」

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刑罰のパターン化

百歩譲って、それでも私たちの社会にもたらすメリットの方が大きければいいかもしれません。
こうした裁判員制度の導入によって、裁判に民意が反映され、犯罪が減り、被害者やその遺族にあたる方々が救われるのであれば、多少のことは目をつぶる必要があるかもしれません。

でも、残念ながら、そうはならないでしょう。

たとえば「民意を裁判に反映する」と言われても、法律の専門家ではない私たちには、人を裁く基準など分かりようもありません。意見など述べようもないでしょう。

しかも評決の際には、法律の専門家である裁判官が「過去の似たような事件でどんな判決が下されたか」という量刑相場を示すとも言われています。
つまり専門家が「この程度の犯罪であれば、こうした判決が妥当ですよ」と、提示するわけです。専門家でない私たちが、これに異を唱えたり、疑問を呈したりするには、かなりの知識と勇気が必要でしょう。

しかも、裁判で争われたのは「やったこと」だけ。被疑者が「なぜ犯行に及んだのか」という背景や、被疑者が抱える個別の事情が分からないのですから、疑問を持つ材料すらありません。

たとえ量刑相場が示されなかったとしても、「○人を殺しているから死刑」「致死だったら無期懲役」など、刑罰をパターン化して当てはめる以外ないでしょう。

厳罰化も進む

そして裁判員が下す判決は、量刑相場より重いものになるはずです。

裁判員制度では、「専門家ではない裁判員にもわかりやすい裁判」を合い言葉に、検察側はビデオを使ってことさらに裁判をショーアップしたり、裁判員にも届きやすいプレゼンテーションの手法などを駆使して、「被疑者がいかにひどい人間か」と強調したり、裁判員の情に訴える証拠を出してくることは必至だからです。

今年2月18日に東京地裁で行われた女性のバラバラ殺人事件(注)の公判で、検察側が被害者の肉片の映像まで見せたことを思い出してください。

昨年十二月にスタートした被害者参加制度も、検察側を助けることにつながります。
この制度によって、裁判員は被害者やその家族が語る辛さや苦しさみを直接、聞かされることになります。被告人の生い立ちが見えなくなるのとは逆に、大切に育てた我が子の半生を涙ながらに語る遺族の姿などをリアルに見せられることになるのです。

裁判員の心に、被疑者を「許せない」と思う気持ちがわき、「厳罰に処すべきだ」という思いが喚起されても、なんら不思議はありません。

こうした中で裁判員が下す判決を、はたして「民意を反映した国民の常識」と呼んでいいのでしょうか?(続く…

注)昨年4月に起きた東京都江東区のマンション自室で同じマンションの住人である女性を殺害し、遺体を切断して捨てたとされる事件

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