生育歴が無視される裁判員制度(5/9)

2019年5月29日

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こうした裁判員制度によって、少年法も骨抜きになってしまう可能性があります。
少年法は、もともと教育基本法や児童福祉法と同じように、子どもの成長発達のためにつくられた法律です。

だから、いろいろな事情でうまく成長発達することができず、その結果として罪を犯した少年のやり直しを目的としてつくられています。
刑罰を課すことよりも、少年を教育・保護し、行き直すために援助すること・・・つまり、「要保護性」に力点が置かれています。

そのため、成人の場合よりも生育歴や生育環境がていねいに検討されるケースが多くありました。

ところが、今まで述べてきたように、裁判員制度にともなって始まった公判前整理手続では、「何をやったのか」が中心になります。たとえ少年であっても、生い立ちや犯行動機が十分に検討されなくなるのです。

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削られる生育歴の調査

裁判員制度と関係する少年事件は、家庭裁判所(家裁)から検察官に送致され、刑事裁判に付される事案です。こうしたケースを「逆送」と呼びます。
2000年の少年法「改正」で、殺人など重大事件を起こした少年は原則として逆送されることになりました。
現在、およそ年間に30件ほどあります。

こうした逆送される少年事件の事案で、たとえば家裁では「どうせ逆送されるのだから、刑事裁判の方で生い立ち等は調べればよい」と思われ、逆送された後の公判前整理手続では「家裁で調査されているはずなんだから」と、それまでの生活環境などの証拠調べに時間をかけようとしなくなることが起こり得ます。

調査官の存在意義もなくなる

裁判官や検察官、弁護士など、少年事件に携わる法律家の研修を行う最高裁判所所司法研修所でも、裁判員制度導入に向けて「これまで重視されてきた成育歴や素質などの調査記録を証拠とせず、法廷での少年の供述内容で判断した方が望ましい」という研究報告をまとめています(2008年11月)。

また、今まで「要保護性」を守る立場から、犯行に至る経緯や生い立ちなどを社会的・心理学的に調査して社会記録としてまとめてきていた家庭裁判所調査官(調査官)の役割も大きく変わります。

調査官の研修でも、非行につながる環境要因などは簡略化して、社会記録の中の調査票に「刑事処分相当」との意見を「簡潔に」記すようもとめられているというのです。

私の知り合いのある調査官は、その事態をこう危惧しています。

「そんな調査票しか書けなくなれば、要保護性を守るはずの調査官の専門性も、存在意義も失われてしまう。調査官の仕事の基本は、どんな罪に問われた子にも、『いいところ』を見つけて受け入れ、その子の思いに寄り添った調査票を書くこと。子どもは『理解された』という体験があってはじめて、罪を反省し、刑も受け入れることもできる。そこが省略されてしまえば『どうせ俺はワルだ』と開き直り、再び罪を犯す子どもが増えるだけだ」(続く…

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Posted by 木附千晶