本音を言えない子どもたち(4/5)
子どもの世界にも浸透する競争・格差社会
親についても同様です。最近、都内の公立学校教師に聞いた話によると「いわゆる『底辺校』や『困難校』と呼ばれる学校の親は、食べていくことに必至で子どものことどころではない」そうです。
1995年頃から増え続けている雇用者全体に占める非正規雇用数は、ここ20年で2倍の32.6%(『ニッセイ基礎研 REPORT』2006.5)。家計の貯蓄率も過去最悪の3.1%です(『東京新聞』2007年1月13日)。大企業が過去最高益を更新している裏側で、今日の生活にも困る層が確実に生まれています。
他方、裕福でも子どもが親に安心して本音を語れる家庭はそんなに多くはありません。裕福な親の多くは、子どもへの期待が大きく教育熱心です。そのため、幼い頃から子どもたちを塾や習い事へと駆り立て、子どもが何を感じているかには無頓着であったりします。
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文部科学省によると、この10年で新設された私立小学校は全国で27校。学習塾は小学受験に照準を合わせた生徒の囲い込みに精を出しています(『朝日新聞』2006年10月15日)。
子どもの世界にも、競争・格差社会の影響は確実に及んでいるのです。
こうした話を聞く度、私は有名な心理学者であり、「心の教育」の提唱者である河合隼雄文化庁長官のお膝元・京都市を取材したときに出会った子どもの話を思い出します。2005年のことです。
その子は、中学校のクラスの様子を「昔の階層社会のよう」と、こう表現したのです。
「成績を見ると、その子どもの家の経済状態が分かった。成績が一番上の特別進学校を目指す子は、年間100万円もの塾代を払える家の子。最下位の落ちこぼれで無気力な子は貧乏な家の子。そのどっちでもない家の子が真ん中の成績だった」
その子によると、塾では「教師が喜ぶ自己評価表の書き方」や「内申書を上げるための態度」も教えてくれるとか。
「たとえば、道徳で戦争について学んだら『二度と戦争を起こしてはいけないと思いました』と書けば二重丸だとか、行事があるときには積極的に手を挙げて委員に立候補すれば教師の心証が良くなるとか」などだそうです。
授業で自己評価表を書かされる度に、その子は「正直に書いて成績が落ちるのを選ぶのと、ウソをついて受験のための点数を取るのとどっちが正しいことなんだろう」と悩み、学校に行くとお腹が痛くなってしまったとも語っていました。
当時すでに京都市では、教育基本法「改正」を先取りした学校選択制、教育特区、学力テストなどによる学校の序列化、道徳教育(心の教育)という規範意識の徹底などが始まっていました。東京都と並ぶ勢いの教育「改革」が進められていたのです。
独自カリキュラムなどを持つ少数の特別進学校をつくり、子どもたちを競争させる一方で、いわゆる“落ちこぼれ”の子どもたちの受け皿としてスクールカウンセラーの増強や不登校の子どものための学校づくりなどが盛んでした。
進学校のある学区は土地やマンションの価格も上昇。不動産広告でも「○○学校学区内」と書かれていると、値段が違っていました。富裕層のなかには、別宅を買うなどして子どもを進学校のある学区に通わせたりもしている親もいました。
さまざまな問題を引き起こしたことから約50年間行われていなかった全国一せい学力テトが始まれば、東京都や京都市のような状況は、じわじわと全国へと広まっていくでしょう。全国規模で「昔の階層社会のよう」な学級や学校、地域が出現しても驚くことではありません。
そのような環境で、果たして親や教師は「子どもの声を聞く」ことができるのでしょうか?(続く…)