「社会の問題」としての自殺(4/4)

2019年5月29日

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image060721.jpg どうして重光さんの会社の社員たちは、自殺寸前まで追い込まれている同僚に気づかなかったのでしょう。唯一、窮状を知っていた上司は部下を助けるどころか、部下を追い込むような言動を続けたのでしょう。そして何より、重光さん以外の方々は「自分はこれ以上やれない」とSOSを出すことができなかったのでしょうか?

AC(アダルト・チルドレン)という言葉は、今では広く一般にも知られています。ACの特徴は、自己評価が低く、周囲からの評価が気になり、周囲の反応に一喜一憂し、頼まれたものを何でも引き受けてしまうなど。アルコール依存症の家族など、機能不全家族で育った子どもがなると言われています。
では、そのような機能不全家族はどうして生まれるのでしょうか?

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合理性や効率性が求められる社会では、人とのつながりよりも、その社会で“より高く売れる商品(優秀な子ども、エリート社員など)”であることが重要視されます。
絶えず競争させられ、生き残りレースに参加させられているので、「だれかとつながる」のではなく「だれかをけ落とす」ことが大事になり、人間的な情緒の交流は失われていきます。
そうやって個人を犠牲にし、企業を太らせる仕組みが、社会システムとしてつくられています。人々は否応なしに自分や家族の幸せを捨て、自殺した重光さんの同僚のように企業のために生きることを強制されます。

生き残っていくため、人々は会社での評価や仕事の成果にいちばんの関心を払うようになり、最も大切に考えねばならないはずのパートナーや自分の子どものことは二の次になってしまいます。なかには、緊張を紛らわすためにアルコールに逃げたり、妻子を殴ることで自分を保とうとする人も出てきます。

そんな機能不全家族で育った子どもは、いつでも周囲の期待通りに生きていこうとし始めます。親に頼るしかない子どもには、ほかに生きる術がないからです。
「個人の問題」を抱えているかのように見える人も、実は社会の犠牲者に他ならないのです。

機能不全家族で育ち、生きづらさを感じている人へのケアはとても大切です。しかし、そうした個人へのアプローチだけでは「社会の問題」は温存されてしまいます。
機能不全家族を生み出し、企業や国だけが発展する社会そのものを変えていかなければ、自殺に追い込まれる人はけして減らないでしょう。

私たちカウンセラーは、極めてプライベートな個人の苦しみや辛さを聞かせていただくことのできる、貴重な立場にいます。そうしたところにいるからこそ見える、個人を犠牲にすることを「よし」としている「社会の問題」を指摘していきたいと思います。

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