推し活依存症(2)

話を聞いて思い出したのは、私がまだ記者をしてた20年以上前に取材したホームレスのおじさんたちです。

でっかく稼ぐつもりで家を後にし、気が付いたらすっからかん。「来年こそは」と思っているうちに年月が過ぎ、年を取り、いつしか家に戻ることもできなくなってしまったおじさんたち。
墨田川沿いにテントを張り、 山谷の段ボールハウスで寝転んでいたおじさんたちのことが、ありありと思い出されました。

声をかけると、怯えてテントの隅に身を寄せたおじさん。過去を洗い流すようにアルコールを流し込んでいたおじさん。配られたおにぎりをまるで宝物のようにそっと手に乗せていたおじさん・・・。

そんなおじさんたちから、たくさんの身の上話を聞きました。


長い長い橋

なかでも切なかったのは、川の対岸を指し、「俺の家はね、川のすぐ向こうにあるんだ」と語ったおじさんの話でした。
おじさんは、当時おそらく50〜60代。 川向うに、今も住んでいるだろう妻や成人したはずの子ども。代替わりしているだろう、実家。それらについて懐かしさと寂しさ、そしてまぶしさが入り混じったような表情で語っていました。

200メートルに満たない距離に、家があり、会いたい家族がいる。それなのに帰ることができない、渡ることのできない、長い長い橋。

その胸の内を思うと、心が押しつぶされそうでした。

昭和は遠くなったのに

そんなおじさんたちが「一旗揚げよう!」と意気込んだ昭和もすでに遠くなりました。それなのに今も、夢を見て、騙されて、傷ついて、すべてを失う・・・そんな人たちが東京には溢れているのです。

しかも、「まだまだこれから」の若者たちが、あのおじさんたちと同じ境遇に置かれている。そう考えると、やるせない思いでいっぱいになりました。

「自分が必要とされている」 と思えるから

それにしてもなぜ、前途ある若者が、そんな破壊的な生き方を選ぶのでしょうか。現実から乖離した虚像の世界に憧れ、破滅的な人生にはまってしまうのでしょうか。

金と嘘にまみれた世界に心を奪われるのでしょうか。

そして、そんな虚像の世界に生きるホストを「推し」たいと思うのはなぜなのでしょう。

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Posted by 木附千晶