猶予期間(モラトリアム)のない子どもたち(1)
発達心理学には「モラトリアムmoratorium」という概念があります。
ライフサイクル理論で知られる心理学者のE・H・エリクソン(Erik Homburger Erikson)が、青年期の特徴として提唱したものですが、日本では精神科医で精神分析家でもある小此木啓吾氏が『モラトリアム人間の時代』(中央公論社)という本を執筆したことことから、広く知られるようになった概念です。
ごく簡単に言うと、モラトリアムとは「人前のおとなとして社会に出る前の、社会的な責任や義務を果たすことを猶予されている期間」のこと。もともとは「債務の支払いの猶予期間」や「法律の公布から施行までの猶予期間」という意味で使われていました。
今の大学生事情
ちょうど夏休みに入る直前の大学の授業で、このモラトリアムという概念を取り上げました。そのとき私は、自分の経験を交えて次のようなエピソードを話しました。
「ちょうどみなさんくらいの年齢のことです。私が学生の頃は、このモラトリアムが長い人がけっこういて、何年も留年したり、バックパックを担いであちこちを放浪したりしながら、大学の中では学べないようなことを身に付けたり自分らしい価値観を探して歩いたりしました」
そう言葉にした瞬間、ふと、「今の大学生にモラトリアムなんてあるんだろうか」という想いが過ぎりました。
何年も留年したり、バックパックをかついで安宿に泊まり、いろんな国の人たちといろんな話をしながら、何十日間も世界各地を旅する余裕なんてあるんだろうか、と。
長くなる授業時間とアルバイト
最近は、大学の授業期間はとても長くなっています。義務教育が夏休みに入る7月後半になっても、授業のある大学はざらです。試験期間が終わるのが8月あたま頃。夏休み期間中も(専門にもよりますが)講習だの実習だの模試だのがあります。
アルバイトをする時間も確保しなければなりません。今や半数以上の大学生が奨学金を借りている時代です(奨学金を受けている学生の割合はどれくらい?)。遊ぶお金はもちろんのこと、生活費やへたをしたら学費の1部をアルバイトで稼いでいる学生も少なくありません。
うっかり放浪などしていられない
働かなければ生活していけませんし、少しでもお金を貯めておかなければ、40代50代まで続く奨学金返済が重く肩にのしかかります。
何しろ、奨学金を借りたのはいいけれど、返還できず自己破産するケースが本人、親などの連帯保証人、祖父母などの保証人へと広がって、親族みんなが自己破産しなければならないような状況に追い込まれた人が1万5000人にものぼるそうです(『朝日新聞』18年2月12日)。
うっかり放浪の旅になど出ていられないのが、昨今の大学生の実情です。
藤原新也氏の『印度放浪』(朝日文芸文庫)や沢木耕太郎氏の『深夜特急』(新潮文庫)に胸躍らせ、アルバイト代を貯めて安宿を回っていた私の学生時代とはまったく違う現実が、彼らにはあります。