ポジティブシンキングの功罪(3/5)

2019年5月29日

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場を盛り上げられない、空気が読めない、みんなと同じように振る舞えない、つまり、他者と望ましいコミュニケーションが取れない・・・そんなことが「あってはいけないこと」であるかのように語られ、こうした人が「発達障害」と呼ばれることが増えたのはいつの頃からでしょう。

大きな流れを作った要因のひとつは2004年に成立した発達障害者支援法のような気がします。
その前年に長崎で起きた男児誘拐殺人事件や同年の佐世保小学生殺傷事件の犯人として捕まった10代前半の子どもたちが「発達障害ではないか」と言われたことも発達障害を印象付け、支援法に則ったやり方が学校現場に広まることに一役買ったことでしょう。

「発達障害は早めに手を打たなければ取り返しの付かない事態を招く」という危機感に、この法律が上乗せされ、発達障害のある子どもを早期発見することが、重要であるかのような印象を学校現場をはじめ、世間に与えたように思えるのです。

発達障害者支援法の対象は

発達障害の医学的・学術的な定義は「発達期のさまざまな中枢神経系(脳)の障害によって、身体的または精神的機能の獲得が障害されること」です。簡単に言えば、先天的な脳の障害で、後天的なものではないということです。

ところが発達障害者支援法が対象としたのは、自閉症、アスペルガー障害(高機能自閉症)、LD(学習障害、後述)、ADHD(注意欠陥・多動性障害)など、自閉症とその近縁の障害。知的障害も含みません。

コミュニケーションが苦手な子は発達障害?

さかのぼってみれば、文部科学省は1994年以来、LDの定義を医学上のLearning Disordersの「読み、書き、計算の障害」に、「聞く、話す、推論することの習得と使用の困難」も加えたLearning Disabilitiesとしていました。

こうした“定義の工夫”。法律の成立。そして「発達障害は放っておくと危険である」という認識が、会話がうまくできなかったり、コミュニケーションが苦手だったり、空気を読んで教師(社会)の要求通りに振る舞うことができなかったりする子を発達障害としてしまう可能性を広げたと考えるのは早計でしょうか。(続く…

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