教育基本法「改正」で子どもが育つか?(3/4)

2019年5月29日

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image061211.jpg このような科学的事実から、昨年は国連「子どもの権利委員会」もアタッチメント理論を取り入れた乳幼児の権利に関する見解を出しました。

現代社会では、子どもの人格的・肉体的な発達に欠かせない健全なアタッチメントを育む関係性をつくれなくなっていることから、国連「子どもの権利委員会」は、条約の中核に「自ら身近なおとなとの間に『ありのままで認めてもらえる人間関係』を形成し、自らの成長発達に主体的に参加する権利」である意見表明権(12条)をすえました。そして、それによって子どもたち一人ひとりの持てる力を最大限に引き出し、子どもたちが心身ともにバランスの取れた人間へと成長発達することを保障しようと考えたのです。

ちなみに、子どもの権利条約は子どもの成長発達を保障するための国際的なとりきめですが、日本も1994年に批准し、国内でも大きな拘束力を持っています。


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改正で国(国益)中心の教育に

そんな子どもの権利条約の考え方は、「人格の完成」(第1条)を教育の目的とする今の教育基本法と通じます。
教育基本法では、この目的を達成するために、自発的精神を養うことや自他の敬愛と協力——人間関係——(第2条)を重んじています。教育を受ける機会の平等(第3条)や学校における教職員の尊重(第6条)などが謳われ、教育が時の政治勢力の思惑に左右されないことを明確にしています(第10条)。

ところが、「改正」案は違うのです。いちばん大きな違いは、教育振興計画(17・18条)によって、時の政権が望む子どもをつくるために、教育内容や実現のための法律、手段などをいかようにもつくれるようになるということ。つまり、教育が国(国益)中心のものとなり、そのための人材育成が教育となってしまうということです。
それを実現するために現場職員への管理や統制が強まり、国が家庭の教育のあり方に口を出せるようになります。
また、国の望む教育をきちんと実行する学校が優遇されるようになり、学校間の格差も広がります。

教職員は職務命令と数値目標で身動きが取れなくなり、子どもと向き合うことなどとてもできなくなります。
全国一斉学力テストがはじまり、効率よく国の求める教育内容を達成するための管理体制が強化されます。
予算配分も人事も、何もかもが内閣府に設置される振興計画会議の計画にそって決まっていくため、教職員はその計画の実行者に過ぎなくなり、保護者は教育内容に逆らわない子どもを育成する担い手にされるばかりか、お金を出して教育サービスを買わされる“購買者”に成り下がります。

東京都が「改正」先取りの好例

こうしたことが起こることは、現在、教育基本法「改正」を先取りしたさまざまな取り組みが行われている東京都などを見れば明らかです。

東京都では、管理強化による教職員の精神疾患問題が深刻です。子どもの顔を見るよりも管理職の顔色をうかがうようになった教職員に対し、子どもは不信や暴力で訴えています。それは学級崩壊や学校内暴力と呼ばれることもあります。
学力テストや学校選択性の導入によって、学校に格差が生まれ、足立区のように学力テストの結果に応じて予算配分を行うことを決めた自治体も出てきました。
親たちは、子どもの将来に有利な学校選びに奔走しています。近年、相次いで発刊されているお受験や学校選びをテーマにした雑誌の多さを見てください。(続く…

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Posted by 木附千晶