本音を言えない子どもたち(5/5)

2021年1月31日

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子どもが安心して本音を語ることができる環境を

image070215.jpg それでなくても子どもが本音を語ることは容易ではありません。そのことを教えてくれたのは、以前、このブログでご紹介した「子どもの声を国連に届ける会」のHさんです。
いじめによって4年間を不登校で過ごしたHさんは、2004年に行われた国連・子どもの権利委員会の日本政府報告書審査で、自身の体験を次のように語っていました。

「私自身、小学校の時にいじめをうけ、そのことを誰にも相談出来ませんでした。学校のなかでは他人に自分の弱みを見せては生きていけないからです。弱さを隠し、先生にも親にも相談できないまま、とうとう学校に行くことが出来なくなりました。12歳から16歳までの4年間、不登校でした」


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でも、Hさんは、けしておとなを信頼していないわけではありませんでした。
プレゼンテーションの後、子どもの権利委員会委員長が「日本の子どもは親に安心して話ができるような関係にないのか」と質問すると、「私は親との関係は良かった」と前置きしたうえで、こんなふうに発言しました。

「たとえ親との関係は良くても、私は学校でいじめられていることを親には言えなかった。・・・それは親に心配をかけたくなかったからです。そういう子どもはいっぱいいます」

マイクを握りしめ、肩をふるわせながら、とぎれとぎれに語られたHさんの言葉は、子どもの権利委員会委員をはじめ、その場に居合わせたおとなの胸を大きく揺さぶりました。
いつもは「しっかり者」のHさんであっただけに、こらえようとしてもあふれてしまう涙にむせびながら嗚咽する姿は印象的で、今も私の目に焼き付いています。

そんなHさんの姿が、「生まれかわったらディープインパクトの子どもで最強になりたい」、「お母さんお父さんこんなだめ息子でごめん 今までありがとう」と書き残して自殺した筑前町の男子生徒と重なります。

Hさんや男子生徒の後ろには、「大好きな親に心配をかけるような子どもであってはいけない」、「いじめられているなんて、なんて情けないんだろう」と自らを責めながらも、「だれかにこの辛さを気づいて欲しい」「弱い自分を受け止めて欲しい」と、願って一日一日をどうにか生き延びている大勢の子どもたちの姿が見えます。

12年前にやはりいじめの存在を訴える遺書を残して自殺した愛知県西尾市の大河内清輝君の父親の元には「いじめがテレビで取り上げられると、親がいじめは恥だと言う。今いじめられているととても言えない」との手紙が寄せられているそうです(『東京新聞』2006年10月15日)。
「強くなければ生きていけない」という暗黙のメッセージを送り続ける社会で生きているのですから、当たり前でしょう。

今、私たちおとながすべきことは、いじめっ子に懲罰を与え、いじめられている子どもがいないかを監視することでしょうか? 教育に関連する法律を変え、教師を締め上げることでしょうか?

いいえ、どうではないでしょう。
いじめっ子も、いじめられっ子も、安心して自分の辛さや苦しさ、そして弱さを語ることができるよう、身近なおとなが子どもとゆったりと向き合える環境を整えることこそ、急がれるべきです。
(おわり)

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Posted by 木附千晶