猫を見ていて考えたこと(5/5)

2019年5月29日

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このような感覚が得られるような関係性が母親(養育者)との間に形成されることで、
私たちは見知らぬ他者と出会ったり、外界へと出て行く不安を和らげます。

さらにはそんな関係性を保障してくれる母親が安全基地(情緒的エネルギーの補給場所)として機能しはじめ、「戻ればいつでも自分を守り、慰めてくれる存在がある」という確信を得て、何かにチャレンジしたり、外界を探索したり、自分の足で立つ自身や勇気を持つことができるのです。

猫の変化

その事実を、猫が教えてくれました。

くだんの猫は、現れた当初、ただじーっと家のデッキにたたずみ、一定の距離で私の方を見ていました。まるで声が出せないのではないかと疑うほど、一言も発っさずに。ゴハンを置いても、私が部屋に入るまではただじーっとこちらを見ていました。

そんな関係がしばらく続いたあるとき、私が家の中にいると「ナーン」とか細い声が聞こえ、ゴハンをねだってきました。しかし、私がデッキに出るとやはり後ずさり・・・。でも、甘えたいのでしょう。「ナーン」「ナーン」と、盛んに声をかけてきます。

さらに月日を重ねたある日、事態は大きく動きました。私がデッキにいると後ろから猫が近づいてきて、大きな声で甘えながら、私の足にスリスリと体を押しつけてきたのです。

猫も猿も人間も

それからと言うもの、猫はゴハンを食べた直後でも「ナーン」「ナーン」と呼ぶようになり、出て行くと「なぜて!」と言わんばかりに、体を委ねてくるようになりました。

おどおどと逃げていたのが嘘のように、家の中に入ってきては家の中を探索し、夜は先住犬の布団を奪って眠るようになりました。さらに最近では威嚇する先住猫に、毅然としてやり返し、自分のテリトリーを主張しはじめています。まるで別猫のような強さです。

自分を受け入れ、応答し、守ってくれる、安全基地ができたという確信が、その堂々たる振る舞いを可能にしたのでしょう。

猫も猿も人間も、みな同じ哺乳動物です。
もし、自立できない、弱い、チャレンジできない人が増えているのだとしたら、エネルギーを補給してくれるような安全基地となる関係性が無くなってしまっているからなのだたとは言えないでしょうか。

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Posted by 木附千晶