猫を見ていて考えたこと(3/5)

2019年5月29日

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弱くて、甘えていて、勇気がない・・・その原因をひとことで言ってしまえば「安全基地となる居場所がないから」に尽きると思います。

私たちほ乳類は、たいへんなことがあったとき、傷ついたとき、怖い思いをしたとき、病気になったとき・・・つまり何かしら危機的な状況に陥ったとき、「ここに戻れば守ってもらえる」とか「そこに帰れば慰めてもらいえる」とか「エネルギーを充填できる」などと思える、安心できる関係性を必要とします。

そうした関係性(安全基地)は精神(こころ)だけでなく、体の健康を維持するためにも不可欠なものです。

スピッツの報告

その事実を端的にまとめたのが児童精神科医のスピッツです。

スピッツは、母親から引き離された乳児は、最初はさかんに泣きますが、そのうち泣かなくなり、無表情・無反応になっていくと報告しました(1945)。
そして、その後も母親によるケアがなかった場合、乳児はホスピタリズムと呼ばれる情緒的発達および身体的発達に障害を来し、死に至ることもあると述べました。

念のため補足させていただくと、ここで言う母親とは生物学上の母親というよりも、いつでも子どもに関心を持ち、包容し、恐怖や不安を取り除いて安全感をもたらしてくれる“母的ケア”を与えてくれる養育者のことであるとご理解いただいた方がよいかと思います。

アカゲザルの実験

だから私たちほ乳類は、安心を与えてくれる“母的ケア”を求めて、自ら安全基地(養育者)に近づいていこうとする能力を持って生まれてきます。

ハーローによる有名なアカゲザルの実験(1958年)を思い出してください。

ハーローは、生まれたばかりのアカゲザルを母親から引き離し、母親代わりとして2種類の人形を用意しました。ひとつは針金でできた人形、もうひとつは温かい布にくるまれた人形です。針金の人形にはミルクを入れた哺乳瓶が取り付けられていました。

それまでの心理学では、フロイトが言うように「子どもの母親への愛着は食欲の二次的な産物」という考え方が主流でした。簡単に言ってしまえば、「物質的な栄養を与えてくれる存在こそが大切」だという考えです。(続く…

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