「子の福祉」って何?(3)

「子も思いや願いや考えをもっていて、それを表現すべきであり、一人の人間として尊重されるべき存在」という考えに、私ももちろん、異論はありません。
私が気にしているのは、
①どうしたらまだ未熟な存在である子どもが一人の人間として尊重されることになるのか、
②未熟な存在である子どもが今、表現した意思内容をそのまま実現すれば、それが一人の人間として尊重されたことになるか、
ということです。
そして、そうした疑問と向き合うこともせず、「子どもの声を聴こう!」「子どもの意思を尊重しよう!」叫び、「それが子どもの権利の実現だ!」と考えることの危険性です。
子どもに片方の親を「捨てさせる」ことにも
未熟な存在である子どもは、合理的に物事を判断・決定し、その責任を負えません。それなのに、何かを決定させて、結果的にその責任を負わざるを得ないようなことをして良いのでしょうか。
先に書いた離婚・別居を例に取れば、子どもに「両親の離婚後、あなたはどちらと暮らしたいか」と、一方を選ばせ、その結果、子どもが別れて暮らすと決めた親との関係を絶たざるを得ない状況が生まれたとしたら、子どもは自ら、自分の半身である親を「捨てた」ことになります。
片親不在のリスク
欧米の研究では、片親の不在(物理的にいない、ということではなく関係性の希薄化や断絶)が、子どもの自己肯定感を低下させること、学業不振のリスクを高めること、良好な対人関係(とくにパートナーとなる親密な関係)を築きにくくすることなどがわかっていいます。
それにもかかわらず、片方の親を捨てるような選択を子どもに迫り、「あなたの意思を尊重したから」と言っていいのかと思うのです。それが「子の福祉」だと言えるのでしょうか。
実父母と良い関係を築けるようにすべき
答えは絶対に「否」です。
子どもには自然な環境(実父母)としての家族の中で、愛情と幸福と理解ある家庭環境のなかで成長発達する権利があります(子どもの権利条約前文)。
子どもが調和のとれた人格へと成長発達するには、そうした環境が不可欠だという心理学的裏付けもあります。
それらを考慮したうえで、いったい何が子の成長発達を促すのかを子どもとかかわるすべてのおとなが考えること。そして、子どもが成長発達の基盤とする実父母と最大限のよい関係を築けるようにあらゆる知恵を絞ること。
それこそが「子の福祉」にかなうことなのです。










