「子の福祉」って何?(2)

そんな「子の福祉」について考えていて、子どもの権利条約にも似たような条文があることに気づきました。
「子どもの最善の利益」(子どもの権利条約第3条)です。第3条は、次のように述べています。

「子どもに関するすべてのことを『子どもの最善の利益』を第一に考慮し、子どもの福祉に必要な保護と養護を確保するための立法上・行政上の措置をとること」

「子の福祉は大切だ」と言うのと同様、この条文に異論を唱える人はまずいないでしょう。

子どもは門外漢

しかし、やはり「子の福祉」と同じ疑問がわいてきます。
「子の最善の利益」とは何か。それを決めるのはだれなのか、ということです。

言わずとしれた、“おとな”です。教師は「子どものため」に、社会規範を教え、塾講師は受験競争で勝てるよう叱咤激励していることでしょう。親も、そんな教師や塾講師に従うよう、子どもを促すことでしょう。

たとえ子どもが納得していなかったり、辛くて仕方が無いと感じていたりしても、周囲のおとなは、それをやりきることが「あなたのため」だと主張します。

「あんな学校には行きたくない」
「教師を代えてほしいだ」

と言っても、通りません。それどころか「わがままだ」とか「聞き分けがない」などと言われ、その思いさえ聞いてもらえないこともよくあります。

「子どもの最善の利益」と言いながら、ここでも子どもは門外漢です。子どもの意思が尊重されることは、まずありません。

子どもの意思の尊重?

確かに、家事事件手続法では、親権者の指定や変更、子の監護に関する処分の審判では、15歳以上の子の話を聴かなければならないと定められています。なので、15歳になれば子どもの意思は尊重されるようなイメージがあります。が、私の認識では、これまたかなり眉唾です。

たいていの子は、身近にいて、自分の世話をしてくれているおとな(多くは同居親)の期待に応えたいと思っていますし、その気持ちや願いを忖度します。

子ども自身が「忖度している」と意識していなくても、毎日そばにいる親から伝えられる親の思いをしっかりと吸い取ってしまうのです。そして、いつの間にかそれがすっかり自分の思いや願いになってしまっているというケースにたくさん出会ってきました。

そうしてできあがった「子どもの意思の尊重」ですから、結局、その中身は子どもの身近にいる親の考えや意見を尊重しているだけになってしまいます。

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Posted by 木附千晶