『生き心地の良い町』(2/9)
さっそく本を購入してみました。
いずれの章も興味深く読んだのですが、とくに惹かれたのは「町で見つけた五つの自殺予防因子ーー現地調査と分析を重ねて」(第二章)でした。
著者は、第二章を
(1)自殺予防因子ーその一 いろんな人がいてもよい、いろんな人がいたほうがよい
(2)自殺予防因子ーその二 人物本位主義をつらぬく
(3)自殺予防因子ーその三 どうせ自分なんて、と考えない
(4)自殺予防因子ーその四 「病」は市に出せ
(5)自殺予防因子ーその五 ゆるやかにつながる
という自殺予防因子となる要因ごとに分けて書いているのですが、そこに出てくる町の人々のエピソードが、とってもユニークでした。
「赤い羽募金が集まらない」町
たとえば「自殺予防因子ーその一」の最初には「赤い羽募金が集まらない」という個人的にはとっても共感を覚える話が載っています(39~42ページ)。
隣接する他の町村では、募金箱を回すだけでみんながおとなしくほぼ同額の募金を入れて次へと送ってくれるのに、「旧海部町ではそうはいかない」というのです。
町の担当者が募金をお願いすると「だいたいが赤い羽て、どこへ行て何に使われとんじぇ」と言われ、「すでに多くの人が募金をした」(担当者)と言ってみても、「あん人らはあん人。いくらでも好きに募金すりゃあええが。わしは嫌や」とはねつけられるそうなのです。
しかも著者が言うには、たんなるケチやわからず屋というのではなく、「わしはこないだの、だんじり(祭りに引く山車)の修繕には大枚をはたいたけどね。ほないわけのわからんもん(赤い羽募金)には、百円でも出しとうないんや」(40ページ)と、筋の通ったことを言うのだそうです。
大きな声では言えないけれど・・・
大きな声では言いにくいのですが、実は常々、私も同じように思ってきていました。なんとなく「さまざまな地域福祉の課題解決に取り組む、民間団体を支援する」(赤い羽根共同募金)ことに使われるのは分かっていますが、いまいち釈然としません。
そして何よりも自治会や駅頭に子どもが立って一斉に「募金お願いしまーす!」と叫んだりして集めるあの「断りにくい雰囲気」に大きな違和感を持ってしまうのです。「好意をかたちに」という表向きとは裏腹な、ある種の強制力を感じてしまうからです。(続く…)