BOSTON STRONG(5/7)

2019年5月29日

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震災から2年が過ぎ、被災者の方々の生活状況はどんどん深刻さを増しています。

未だに高い放射線値が検出される福島に残って子育てをしていくことを決意した方々。
逆に、避難地域に指定されてはいないけれども、独自の判断で住み慣れた土地(福島の方だけではありません)を離れて子どもと生きていくことを決意された方々。

昨年末から何回かそうした親子の方々からお話しをうかがう機会がありました。

残る選択をされた方は「『集団疎開』などと声高に叫ぶ人たちの論調を聞くと、『なぜ放射線が高いと分かっていながらそこで子育てし続けるのか』と責められているような気持ちがする」と話し、母子避難された方は「『国も安全だと言っているし、みんなここで暮らしているのにどうしていっしょに暮らせないのか』と責め立てられる」と話していました。

残るのも避難するのも苦渋の選択

本来であれば、残るか避難するかは、その家族・夫婦・親子の問題です。他人がとやかく言えることではありません。

そもそも、原発事故さえなければこんな苦渋の選択・決断を強いることもなかったわけです。それならばたとえどちらを選ぼうと新しい生活をしていくための十分な保障がなされるのが当然のはずです。

でも、現実が「十分の保障」からどれほど遠い状況にあるかは、もう何度もこのブログでも書きました。

逼迫した母子避難の方々

そうした中で、たとえば母子避難をされた方々の生活はかなり逼迫したところまで来ています。

二重生活のための経済的な負担、離れて暮らす家族と会うための経済的・物理的負担、他の家族との考え方の違いによる軋轢、もともと暮らしていた土地の近所の方々からの詰めたい視線、避難先での心ない対応の数々・・・。あげればキリがありません。

少しだけでも生活費の足しにするため仕事をしようとしても、幼い子どもを預ける場所がなければ働けません。
医療や健康調査の通知等が届かなくなったりすることを防ぐため、多くの避難者の方々は住民票をもと居た場所に置いたままにしています。そのため避難先の自治体では門前払いにあって待機児童にさえなれなかったという話も聞きました。(続く…

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Posted by 木附千晶