昇華された“怒り”(5/6)
朔さんは言います。
「絵も文章も、自分自身を追求する手段。だけど、絵は文章と違う。頭で考えたアイディアを形にしているわけじゃない。生活そのものから描いている。だから行き詰まることもない。今は描くことが楽しいし、毎日が充実している。絵を描く醍醐味を感じているんだ。もし文章を書き続けていたらこうはいかなかったろうね。今頃、死んでいたかもしれない」
実は朔さん、かつては新聞記者でした。色彩豊かな絵を描くようになったのも取材で出会った芸術家・岡本太郎氏に影響を受けたから。当初は、文筆業の傍ら、鬱積した気持ちをぶつけるために絵を描いていたのです。
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ところが戦後、組合活動をしていたことからレッドパージにひっかかり新聞社を追われることになりました。定職のない貧乏生活の中で長編小説『交尾種族』を書き上げたのですが、出版社と折り合いが付かず、自宅を抵当に入れて自費出版することになります。
どん底の生活の始まりでした。経済的にも精神的にも行き詰まり、壁に頭を打ち付けるほど悩んだと言います。
そんな朔さんを救ったのは奥様の「家を壊さないで」という言葉と共に手渡した画用紙とクレパス。1960年、50歳のときでした。
その頃の作品には底なし沼のような苦悩が充ち満ちています。「あまりにも息苦しそうな絵だったから出刃包丁で切り裂いてしまった」(朔さん)という作品も見せてもらいました。
幾重にも彩られた渦は少しくすんでいます。先の見えない閉塞感や不安感を表しているのでしょうか。それとも自分を見つけられない焦燥感や苛立ちでしょうか。
かつて朔さんがさまよった生き地獄がどれほど深いものだったのか、ひしひしと伝わってきて、胸が苦しくなってきます。(続く…)