このブログで書いていきたいこと(2/2)
人間は関係性のなかで生きています。社会から影響を受けずに生きている人など存在しません。
「ひきこもり」という、一見、社会と隔絶しているかに見える人たちでさえ、日本社会の持つ歪みーー競争、効率化、親や社会の期待などーーと無関係ではありません。「社会の問題」を見ることなしに「個人の心の問題」を語ることなどできないのです。
すべてを「個人の心の問題」と片づけてしまうことは簡単です。けれどもそれでは根本的な解決にはなりません。
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セラピーを必要とするひとり一人の生きづらさにアプローチすることはもちろん、そこから見えてくる「社会の問題」——ひとり一人が安心と自信と自由にあふれた人間関係をつくれない社会であるということーーを世の中へと戻していくことが重要です。
それが「生きていてよかったな」、「毎日が幸せだな」と多くの人が思えるような社会へと変えていく足がかりとなるでしょう。
多くの場合、「個人の心の問題」と「社会の問題」とは分断されがちです。最近の報道をみても、疑問はたくさんあります。
たとえば「子どもの安全」についてのとらえ方。世間ではガードマンやGPS機能付き携帯電話を使って「いかに子どもを監視するか」ばかりが叫ばれています。けれども、そうした監視が子どもの心に与える影響についてはほとんど議論がありません。今、国会で騒がれている教育基本法や少年法の「改正」問題についても、しかりです。
「社会の問題」が、現れやすいのは能力的にも経済的にもおとなに頼るしか生きるすべのない子どもの世界です。しかし逆に言えば、最も弱い立場にいる子どもが生きやすい社会とは、どんな人も幸せになれる社会、おとなにとっても生きやすい社会のはずです。
そうした視点から、このブログは子どものことを中心に、「個人の心の問題」と安心できる人間関係をうばわれている「社会の問題」について書いていきたいと思います。