『子ども報告書』ができました!(2/7)

2019年5月29日

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今回集まった子どもたちの国連への報告書(「子ども報告書」)を見ていてつくづく感じたこと。それは、

「こんなにも孤独で生きづらい毎日を生きているのか」

ということでした。

子どもたちの多くが身近なおとな、とくに親との関係に傷ついていました。
それでも親のことが好きで、愛されたくて、受け容れて欲しくて、もがいていました。

過去にも2度「子ども報告書」は提出されていましたが、報告書を読んでここまでやるせない気持ちになったことはありませんでした。

ひねくれ者の意見

いつものことですが、ここでちょっと脱線。

実はつい最近、この「親子関係」。とくに「母−子」関係についてかなりいや〜な気持ちを味わいました。
きっかけは、言わずと知れた世界の平和祭典・オリンピックです。

たぶん、私がひねくれ者なのでしょう。
どうもオリンピックというイベントを好きになれません。

おっしゃるとおり、何かに純粋に打ち込む人の姿はとても美しいものです。ひとり一人の選手が、長い間積み上げたことを披露する素晴らしい晴れ舞台だとも思います。結果としていい成績が残せるなら、本当に素敵なことだと思います。

大切なものを見失いそうになる

でも、ダメなのです。
「ただ日本人である」ということだけで一斉に応援する観衆の様子。オリンピックが掲げる美しい建前の裏にさまざまな思惑や、けして知りたくない本音が隠れている感じがして、どうも受け容れられないのです。

「結果がすべてではない」と言いながら、メダル獲得に血眼になる事実。巨額のお金を投じた「平和の祭典」の影で、福祉にはお金を出したがらない政府。「選手たちを応援する」といいながら、自社のPRのためにスポンサーになる大企業。いつの間にか「日本のため」に頑張らないといけないようにしむけられる選手たち。

そんなオリンピックがもたらす高揚感や熱狂的。それらが私たちをどこかへ押し流していく雰囲気が、何か大切なものを見失わせるような気がして、うさんくさい感じがしてしまうのです。(続く…

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