生育歴が無視される裁判員制度(3/9)
裁判員制度になれば、確かに審理期間は短くなります。集中審理が行われるため、3〜5日程度で結審することになるのです。
こうしたスピーディな裁判を実現するために行われるのが、公判前整理手続です。
公判前整理手続とは、初公判に先立って、裁判官、検察官、弁護人、必要な場合は被疑者が話し合い、あらかじめ証拠や争点を絞り込んで審理計画を立てる場です。ここで、法律の専門家ではない裁判員にもわかりやすいよう、証拠が厳選されます。
2005年から一部の刑事裁判で行われていて、その場は“慣例として”非公開です。
たとえ公判が始まった後に重要な証拠などが見つかっても、公判前整理手続で認められていなければ、原則として新たに証拠請求をすることはできません。
代用監獄は残したまま、こうした公判前整理手続を導入することは、弁護人を今まで以上に不利な立場に追い込みます。
前回も書いたように、弁護人には捜査権限が無く、被疑者との面会さえもままならないのです。
公判前整理手続が行われれば、その手続までに弁護人が情報を集められず、十分な準備ができないままに臨む可能性が高くなることは否定できません。しかも「証拠が厳選される」ため、検察官が握っている証拠をすべて見ることもできなくなります。
へたをすれば裁判方針も立てられないまま、公判前整理手続を終えることにもなりかねません。
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本心を語れるようになるには
安易に早さだけを求めることは、他にも大きな問題を残します。そのひとつは「被疑者が犯行に及んだ真の理由が見えなくなる」ということです。
被疑者が真実を話せるようになるまでには、かなり長い時間を要することもあります。
その良い例が、1999年4月に山口県光市で起きた母子殺害事件です。
当初、この事件の被疑者は「強姦目的で部屋に侵入し、抵抗されたため殺害した」と、検察に有利な供述をしていました。
ところが、7年以上たった公判で、乱暴を目的としていたこと、そして殺意を持っていたことを否定する供述を始めたのです。
この被疑者に対し、「嘘つき」と言葉を投げつける人々は多くいます。「弁護士にそそのかされて供述を覆した」と、弁護人ともども非難の対象ともなりました。実際、最高裁判所も「新たな供述は信用できない」との判断を下しました。
カウンセリングの現実に照らして
でも、果たしてそう言い切っていいのでしょうか?
人が真実を話せるようになるには、思いの外、長い時間がかかります。それは、日々のカウンセリングの場でも感じることです。
たとえ被害者の立場の方であっても、被害に遭った自分の情けなさや至らなさ、それを認めたくないプライド・・・ときには、加害者への愛情などが、本心を語ることを妨げます。
意識的に本心でないことを語られる方もいらっしゃいますが、中には無意識のうちに自らの思いを封じ込め、表面的な言葉で語るケースも少なくありません。
重篤なケースであればあるほど、人が本当の自分の気持ちに気づき、語れるようになるまでには、長い時間がかかります。そして、その期間、ずっと自分を否定せずに寄り添ってくれる他者がいなければなりません。
こうしたカウンセリングの現実に照らし、母子殺害事件の被疑者のことを考えると、新たな供述を「まったくの嘘」と即座に断じてしまうのはとても危険なことのように思われます。
「信頼できる弁護人との関係性によって、ようやく口を開きかけた」ととらえることもできるのですから。(続く…)