歴史は心的外傷を繰り返し忘れてきた(1/8)
「歴史は心的外傷を繰り返し忘れてきた」・・・心的外傷(PTSD)の研究で有名なアメリカの精神科医であるジュディス・L・ハーマン氏の名著『心的外傷と回復』(みすず書房)第1章のタイトルです。
ハーマン氏は、抑圧した辛い記憶が不合理な身体症状や現実感の欠如または記憶の障害(ヒステリー症状)の研究、戦争体験による外傷、女性の性的外傷の研究が、活発に行われたかと思うと、あまりにも激しく忘却されてしまう時期があることを示し、「なぜ忘却されてしまうのか」をここで書いています。
心的外傷が忘れられがちなわけ
この章に記されている心的外傷が忘却されがちな理由をごくごく簡単にまとめると次のようになります。
「①心的外傷に関する内容は身の毛もよだつ恐ろしい事件であり、その証言者として目をそらさずに見つめ続けることが難く、②また、加害者は圧倒的に強いため、世論を見方に付ける術に長け、被害者の声はかき消されてしまう。③さらに、そこで取り扱われるテーマはきわめて激しい論争を巻き起こすため、『見るもけがらわしいもの』と周囲の人々には見えてしまい、第三者は忘れたいと願ってしまうのだ」
平たく言えば、「人は辛くなってしまう出来事をできるだけ見ないようとし、なるべく早く忘れようとする習性を持っている。そして、加害者は強く狡猾なため、よほどしっかりと目を見開いていない限り、人は被害者よりも加害者側の味方になりがちなものなのだ」ということでしょうか。
『少年と自転車』
第64回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した『少年と自転車』というベルギー映画があります。
映画の中心人物は、もうすぐ12歳になる少年・シリル。シリルは、自分を児童養護施設へ預けたまま行方が分からなくなった父親と「一緒に暮らしたい」と、父親を探します。
そんなシリルとひょんなことから出会った美容師のサマンサは、シリルが「父親が買ってくれた自転車だ」と言う自転車を探し出し、現在の持ち主から買い取ってくれます。
そして、サマンサはシリルの週末だけの里親を引き受け、一緒に父親の行方を探し、とうとう父親の家を見つけます。ところが、再会を果たした父親は「もう来るな」と、扉を閉じてしまうのです。
その後、サマンサは今まで以上にシリルと向き合い、愛情を注ぐようになります。
でも、父親からの拒絶という深い傷を負ったシリルの心はそう簡単には癒えません。さまざまな障害がふたりを待ち構えています。(続く…)